2008年04月23日
福居ショウジン監督新作公開前のトークショー。カルト作「ピノキオ√964」について語る(独占!)

「the hiding-潜伏-」(5/10~)の公開を控えた福居ショウジン監督、彼の代表作でもあり、カルト映像作家としての地位を確立したといっても過言ではない、あの「ピノキオ√964」アンコール上映会を新作のプレイベントとして4/26(土)に行う。
HogaHolic編集部へ福居監督からのメッセージをいただいたので掲載します。
『ピノキオ√964』の上映には特別の思い入れがある。
かつて劇場にPAと巨大スピーカーを持ち込んで、
爆音上映を展開したのは、まさしくライブだった。
今回、シネマボカンという劇場で、9台のスピーカーと2台のウーハーを駆使して
新たなるサウンド・システムで上映出来るのは、再び興奮を超えたライブとなるだろう。
福居ショウジン(ホネ工房代表・映画監督)

●「the hiding-潜伏-」公開記念プレ・イベント
4/26(土) 18:30開場 19:00開映
「ピノキオ√964」アンコール上映
(1991/STEREO/color/96min.40sec.) 脚本/監督/編集 福居ショウジン
<トークショー>
渡辺トミオ(『ピノキオ√964』助監督・出演/ガリガリマスター)
川瀬陽太(『ラバーズ・ラバー』主演)
福居ショウジン監督
司会・友利栄太郎(ホネ工房プロデューサー)
※イベント終了後、飲み会あり
会場:シネマボカン
料金:\1,500(当日券のみ)
<関連サイト>
「the hiding -潜伏-」
http://www.hiding.jp/
シネマボカン
http://www.cinemabokan.com/
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2008年04月22日
『パークアンドラブホテル』 TEXT by 水上賢治
すでに新聞各紙でも報じられたように本作は今年のベルリン国際映画祭最優秀新人作品賞を受賞した熊坂出監督の長編デビュー作。よく言われることではあるが、海外映画祭で賞を獲ったからといって作品が傑作かどうかは別。また逆もしかりで、どんなに傑作映画であっても賞を獲るとは限らない。でも、この作品の熊坂監督は賞を獲るに値するすばらしい才能の持ち主。長編第1作とは思えない新人離れした、紛れもない“映画”を我々に見せつけ、体感させる。

(C)PFFパートナーズ
ありきたりな映画タイトルが氾濫する昨今、題名からしてすでに熊坂監督は高いセンスを感じさせる。訳すまでもなくタイトルは“公園とラブホテル”。なんともつかみどころがないが興味をそそるタイトルだが、種を明かすと屋上を公園として一般人に開放しているラブホテル(ほんとは連れ込み宿といったほうがしっくりくる)が舞台。すべり台もブランコも親切にあるこの異色のホテルを切り盛りする50代とおぼしき女性オーナーと、ここへ吸い込まれるように足を踏み入れた10代、20代、30代の女性の袖の触れあいと心象風景が描かれる。
その中で個人的に思わず脱帽したのが、熊坂監督のもつ時間の感覚とそれの映像への置き換え方。例えば、人間は明るいところで電気を一気に消すと、一瞬真っ暗になってだんだん目がなれて周囲がぼんやりと見えてくる。熊坂監督は、こういったことを見事に映像で表現しきる。もしかしたら別にこだわらなくてもいい箇所かもしれない。でも一番無駄と思われるところに、こだわってこそ映画。それを踏まえると、この作品はとてつもなく豊潤な映画体験をさせてくれる。こういったリアルな情景作りをする監督はそうそういない。そういえば受賞緊急記者会見に出席したとき、出演者が熊坂監督から「リアルに」と常に忠告されたと語っていた。
また、もう1点感心させられたのが物語。様々な世代の女性が登場するのだが、実に彼女たちの心情が克明に描き出される。正直、物語だけで見たら男の監督が撮ったとは思えない。すでに結婚されているとのことだが、熊坂監督は女性マイスターかも。そんなことを思わせるほど、この作品は正真正銘の女性映画でもある。それだけに、“学ぶこと多し”ということで、もしかしたら男性諸君こそ必見かも。
(関連サイト)
『パークアンドラブホテル』公式サイト
http://www.pia.co.jp/pff/park/
※4月26日(土)よりユーロスペースにてロードショー
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2008年04月16日
4.26(チェルノブイリ原発事故の日)に特集オールナイト! 写真家であり映画監督である本橋成一のトークショーなど、原発問題について考える一週間

「アレクセイと泉」(監督:本橋成一)
1986年4月26日。このチェルノブイリ原発事故が起こった日にちに因み、ポレポレ東中野では、原発や放射能による被害を描いた作品の特集上映「4.26オールナイト」の開催を決定!上映作は、重厚な社会派ドキュメンタリーから、風刺を利かせた人間ドラマまで多岐にわたり、水爆実験の被害者(?)である「ゴジラ」も上映されたりと、実にバラエティに富んだラインナップとなっている。
また一週間にわたり、チェルノブイリで暮らす人々の姿を描いたドキュメンタリー作品「アレクセイと泉」が上映され、写真家であり映画監督である本橋成一が、26日(土)・29日(火・祝)にトークショーで登場する。
原発問題という、ついつい忘れてしまいがちな身近にある危険について、じっくりと考える良い機会になるだろう。
<イベント情報>
●「ナージャの村」、「アレクセイと泉」上映
4/26(土)~5/2(金)
※「ナージャの村」12:30の回、「アレクセイと泉」20:15の回は連日イベントを開催
●「4.26オールナイト」
4/26(土)
23:15開場 23:30開映
料金:一般2500円、学生2000円 ※前売券あり
上映作品:「ゴジラ」
(1954年/97分/本多猪四郎監督)
「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」
(1984年/105分/森崎東監督)
「 原発切抜帖」
(1982年/45分/土本典昭監督)
「アレクセイと泉」
(2002年/104分/本橋成一監督)
●トークイベント
4/26(土) 12:30の回上映終了後
ゲスト:高木久仁子(高木仁三郎市民科学基金事務局長)
本橋成一(監督)
4/29(火・祝) 12:30の回上映終了後
ゲスト:前田英樹(批評家)
本橋成一(監督)
●秘蔵映像特別上映
4/26(土) 12:30の回、4/29(火・祝) 12:30の回以外の日は
本編上映後に秘蔵映像を特別上映
上映作品:「チェルノブイリの風景~朝日ニュースターより」(約50分)
「ポレポレ東中野」公式サイト
http://www.mmjp.or.jp/pole2/
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2008年04月15日
『ねこのひげ』 TEXT by 水上賢治
この映画のチラシには“日本のバイプレーヤーが集結し、作り上げた大人の恋愛映画”と書かれている。そこでキャストに目を通してみると、なるほど納得。日本映画及びTVドラマ、舞台で、(こう言っては失礼に当たるが)名前は知らなくとも顔はきっと見たことのある顔がずらりと並ぶ。映画は、そんな日本映画を縁の下の力持ちで支える役者たちへの愛でいっぱい。内容はちょっとシリアスなのだけれど、なぜか終始微笑みながら観てしまった。

(C)ねこのひげ製作委員会
監督を務めた矢城潤一は、8年前に自己資金で製作した『ある探偵の憂鬱』を発表。この作品は、ある人物の調査を始めた探偵が迷宮の世界へ入り込む物語で、その夢と現実の狭間にいる人間の感覚を体現させるような描写に見入ったことを覚えている。ここではその的確な手腕は役者たちの持ち味を引き出すことに徹底された印象。映画の住人になりきった役者たちの姿を的確なアングルで収めて、そのシーンの積み重ねで物語を紡いでいく。この映画に流れている時間が、おそらく大抵の人はとても身近で親密に感じるはず。それは、題材がうんぬんというより、この映画に漂う空気感が、たぶん一般の人々たちが過ごしているごくごく日常となんら変わりないから。“リアル・ドラマ”とか“リアルな演技”とは、もしかしたらこの映画のような形のことこそ、いえるのかもしれない。
それにしても役者陣の演技がすばらしい。『愛の予感』の渡辺真起子、本作で脚本、企画、製作も兼ねている大城英司、仁科貴、螢雪次朗などなど、いずれもバイプレーヤーで鳴らす面々。彼らに共通して言えるのは、どんな作品でも端役でも手抜きがない。いつ見ても、きっちりとした仕事を見せてくれる。本作は、そんな彼らの仕事をクローズアップした作品でもある。こういう日本映画がもっと多く登場していい。
(関連リンク)
『ねこのひげ』公式サイト
http://necohige.com/
※4月19日(土)より渋谷・シアター・イメージフォーラムにてレイトショー
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2008年04月10日
インディーズ映画界の鬼才、福居ショウジン監督最新作がついに登場!

個性的な映画を作る監督が次々と現れた90年代初頭。その中でも一際異彩を放ち、圧倒的な存在感を誇った鬼才・福居ショウジン。「ピノキオ√964」('91)や「ラバーズ・ラバー」('96)など、監督作は海外でも高く評価され、今なお熱狂的なファンを増やし続けている。
そんな福居が、伝説の映像製作集団・ホネ工房を復活させ新たなる衝撃作を生み出した。
最新作「the hiding -潜伏-」は、別れた恋人のストーカー行為に怯えるヒロインが、自宅に侵入してきた謎の女の血液を媒介として、秘められた能力を覚醒させていくという、世界に類を見ないサイキック・シチュエーション・スリラー。
この最新作の公開を記念して、オールナイト上映やミニライブなど、様々なイベントが開催されることが決定! さらに監督本人も出席予定の舞台挨拶や、トークショーなども連日企画されているとのこと。その上、「怨廻」('06)のディレクターズ・カット版「出れない」が同時上映されるなど関連イベント満載で、その盛り上がりはスゴイ勢いだ。
"潜伏"から"覚醒"へ。福居ショウジン復活祭が今まさに幕を開けようとしている。
<イベント情報>
●公開プレ・イベント
4/26(土)
19:00~
※「ピノキオ√964」のアンコール上映
監督+ゲストによるトークショー
ミニライブ
料金:¥1500(当日券のみ)
会場:シネマボカン
●初日舞台挨拶
5/10(土)
※上映終了後、監督・スタッフ・キャストの舞台挨拶
会場:シネマアートン下北沢
●オールナイト
5/24(土)
23:30~
上映作品:「ラバーズ・ラバー」「ゲロリスト」「キャタピラ」「出れない」
※over8監督作品の上映を予定
監督+ゲストによるトークショー
料金:¥2500(当日券のみ)
会場:シネマアートン下北沢
●楽日舞台挨拶
6/6(金)
※上映終了後、監督・スタッフ・キャストの舞台挨拶
会場:シネマアートン下北沢
※スケジュールなど詳細については関連リンクをご参照ください。
<関連サイト>
「the hiding -潜伏-」
http://www.hiding.jp/
シネマアートン下北沢
http://www.cinekita.co.jp/
シネマボカン
http://www.cinemabokan.com/
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2008年04月09日
伝説の映画監督・高林陽一と大林宣彦が日本映画界を語る!PART3

映画が粗末に扱われてしまう。それが悲しい
大林――現在、商業映画にとって重要だとされるのは、今日どれだけヒットして儲かるかということ。確かに、儲かることだけ考えれば無名の新人より有名な俳優を使ったほうがいい。ある俳優がテレビに出演したとき、せっかくシナリオを読み込んで演技を考えて行っても『いつもの演技をやってくれ。こちらはそれにギャラを払ってるのに、違うことをされたら商売にならない』と怒られたそうです。これじゃあ、俳優も殺されちゃう。金さえ儲かれば幸せな人間ならいいけど、お客さんや仲間たちといい物を作りたいと思うと、今の映画界には人間性が無い。物と金、人気だけ。こんな世の中おかしいですよ。
高林――それに今の時代、映画が非常に粗末に扱われていますね。何億円と賭けて作っても、一週間だけ、しかも朝一回だけの上映で、お客がたったの三人しか入っていないという映画もたくさんあります。私にとって映画を作ることの喜びは、お客さんと対話が出来るということ。共感してくれる人が一人でもいてくれれば、それで十分幸せに感じるし、作った甲斐があると思えます。それなのに、どうしてこんなに映画が粗末に扱われてしまうのか。私はそれが本当に悲しい
大林――ジョージ・ルーカスは映画を作ることを止めましたね。それは9・11の事件は、自分が『スターウォーズ』を作ったせいでテロリストたちが真似をしたんだと考えたからです。だから彼は、大きな映画を作るのをやめて、庭の小さな虫や鳥をミニDVで撮って暮らすようになりました。これは言い方を変えると、『スターピース(peace or piece)』を作るということ。つまりルーカスは、文化の人として目覚めようとしているんです。
映画作家は、今そういう時期に置かれているんです。若い人たちには、高林さんのように自分の信じるすばらしい、美しい映画を作ろうと努力してほしい。
たしかに『スターピース』は退屈だけど、『スターウォーズ』を楽しむような感覚は、もうやめない? それがお客さんにとっても大事なことなんです。その代わり僕たちも、おもしろい『スターピース』を作るよう一生懸命努力します。
高林――先日『京都の文化を語る会』という、各界から著名な方が20人くらい集まって話す会に参加したんですが、そこでは映画の話が出てこない。日本じゃ映画は文化じゃないというんです。京都は映画の発祥の地なのに。いまや京都の偉い人たちが映画を観ない。
どのくらい映画をご覧になるんですかと聞くと、全く観ない、観るに耐えない、つまらないと言うんです。どうしてかと聞くと「観る前から結果が分かっているから。例えば、プロ野球なら観ないと分からない。結果の分からないものを観たいんだ。映画みたいに結果の分かっているものに時間を使うのがもったいない」と言われました。
これは映画の内実的な問題ですね。
大林――映画を作り続ける以上は、作り手としての誇りがあるし、その誇りを汚してはいけないと思う。すばらしい可能性を信じさせてくれた、古き良き時代の映画を観て育った僕たちは、それを守っていかないといけない。若い人たちも映画に関わっていく以上は、『僕たちが映画を作るんじゃない。映画が僕たちを作ってくれたんだ』という気持ちで、映画への尊敬の気持ちだけは忘れず持ち続けてほしいね。
高林 陽一(たかばやし よういち)

1931年4月29日生まれ。映画監督。20代から精力的に実験映画作品を発表し、多数の国際映画祭で受賞を果たす。また日本人初のニューヨーク近代美術館所蔵等、輝かしい成果を残し、30代からATG、松竹、角川といったメジャーで作品を発表し続けている。
代表作:「石ッころ」('60)、「すばらしい蒸気機関車」('70)、「餓鬼草紙」('73)、「本陣殺人事件」('75)、「金閣寺」('76)、「雪華葬刺し」('82)
大林 宣彦(おおばやし のぶひこ)

1938年1月9日生まれ。映画監督。大学在学中から自主制作映画の先駆者として活動し、国内外の映画祭で数々の受賞を果たす。また、CMディレクターとしても多数のヒットを飛ばし、後進の育成にも尽力している。
代表作:「HOUSE ハウス」('77)、「瞳の中の訪問者」('77)、「狙われた学園」('81)、「転校生」('82)、「時をかける少女」('83)、「さびしんぼう」('85)
「涯てへの旅」('07)

<キャスト・スタッフ>
企画・脚本・演出:高林陽一 撮影・編集:としおか たかお 助監督・録音:秋吉弘文
出演:高城ツヨシ 遠藤久仁子 白石美樹 木元としひろ
<ストーリー>
「僕は確かにこの風景を知っている。この浜を歩き、これと同じ情景を見たことがある・・・」唯一の肉親を捜し、父の生まれたであろう海辺の町へとやってきた男。夢のような、幻のような記憶と現実の交錯する旅の中で、男は生きる術を知る 。
<関連サイト>
「涯てへの旅(はてへのたび)」
http://takabayashiyouichi.web.fc2.com/
ポレポレ東中野
http://www.mmjp.or.jp/pole2/
取材・撮影・文/田井 成樹
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2008年04月08日
伝説の映画監督・高林陽一と大林宣彦が日本映画界を語る!PART2

やはり日本映画的。そしてもっと極端に言えば、高林陽一的な映画を作りたい
大林――最近では『映画は誰が見ても分かるもの、分かりきったものでないと成立しない』という考えが当然のようになってきた。でも、そんなことはない。自分が分かればいいんです。なのに、『俺が分かったようには隣の人は観ていないぞ』って不安になると、それは分かりにくい映画ということになってしまう。自分なりに分かっていればいいんですよ。そういう習慣を作るってことが芸術文化の大事な役割なんです。
高林――大林君は、いわゆるフィーチャー映画を40本も撮った日本映画界の巨匠。私はいつまでも自分の映画にこだわり続けた。そして自主制作、個人映画という言葉に魅力を感じたといいますか、いわゆる商業映画にあまり魅力を感じないんです。観る前から分かり切っているものを、また見せられるという感じが強くて。
こうやって僕が皆さんと対面していても、一人一人の内面は見えてこない。あなた方に、私の中にはこんな世界がありますよってことを見せられるのは、やはり活字や絵画、映画であると思う。その中でも映画は 小説や絵画と違って非常にいろんな要素を含んでいる。
昔、8mmでやっていたときは一人で歩きながら撮れた。しかし今の映画は、そういう意味では一人では撮れない。何人もの力を借りて撮らなければならない。そして多くの才能がせめぎあって、一つの世界を作りあげていく。他の媒体では味わえない、一つのものを作っていく連帯感、喜びみたいなものが好きなんです。
大林――『100人が見れば100人とも分かるもの。コレが分かるということ』という、こういった考え方が怖い。
今日の映画(「涯てへの旅」)は、皆さんお分かりになったでしょう。それは自分なりに分かったということ。それでいいんです。なのに、俺が分かったようには隣の人は観ていないぞって不安になると、それは分かりにくい映画ってことになる。
それで分かる分からないってことになるんだったら、女房のことが分かってる亭主が世の中どれだけいるか。お互い自分なりに分かっていればいいんですよ。
そういう習慣を作るってことが芸術文化の大事な役割なんです。
そこで高林陽一が高林陽一的映画を作る。それを完璧に理解することは出来ないが、誤解することは出来る。
恋愛は誤解なんです。相手を相手以上に美しいように誤解する。そして惚れ込んだ相手にふさわしい人間に自分もなろうとする。
映画は恋愛に似ています。『映画が人生を変える』ということは、映画に惚れ込み、その映画にふさわしい自分になろうとして、その人の生き方までも変えさせてしまうこと。これが映画のすばらしいところです。
高林――もう一つ言えば、40~50年代にハリウッドで盛んに作られた、ミュージカル映画というものがあるんだけど、そういう映画を観ると、これは絶対に日本人には作れないなあと思う。
僕はアメリカ映画的、フランス映画的という、~的という言葉が非常に辛くて。
自分の作風に、何が一番相応しいかというとやはり日本映画的。そしてもっと極端に言えば、高林陽一的な映画を作りたいと思います。
アメリカのミュージカル映画を真似て作ろうとしても日本人では無理です。才能もないし、ブロードウェイなどのアメリカ文化とは流れている血が基本的に違う。自分にはどんな表現が一番ふさわしいか考えると、やはり自分的な映画が作りたい。
≫続く
「涯てへの旅」('07)

<キャスト・スタッフ>
企画・脚本・演出:高林陽一 撮影・編集:としおか たかお 助監督・録音:秋吉弘文
出演:高城ツヨシ 遠藤久仁子 白石美樹 木元としひろ
<ストーリー>
「僕は確かにこの風景を知っている。この浜を歩き、これと同じ情景を見たことがある・・・」唯一の肉親を捜し、父の生まれたであろう海辺の町へとやってきた男。夢のような、幻のような記憶と現実の交錯する旅の中で、男は生きる術を知る 。
<関連サイト>
「涯てへの旅(はてへのたび)」
http://takabayashiyouichi.web.fc2.com/
ポレポレ東中野
http://www.mmjp.or.jp/pole2/
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2008年04月07日
『うた魂♪』 TEXT by 水上賢治
日本映画界では、ここ数年、必ずといっていいほど何かに熱中する若者たちの姿を描いた青春映画が登場している。もはや定番といっていいかもしれない。おそらくきっかけとなったのは、2001年の『ウォーターボーイズ』の成功だろう。でも、こう同じタイプの映画が多くなればなるほど、食傷気味になるのは確か。そこに向けられる目は年を追うごとに厳しくなっている気もする。ただ、本作はその厳しい目を持ってしても、大きな感動に包まれる好編だ。

(C)2008「うた魂♪」製作委員会
映画は自分の歌声とルックスに自信ありのソプラノパートリーダーの女子高生が、ある日、歌っている表情の滑稽さに愕然。恥ずかしくて歌えなくなった彼女が、他校のヤンキー学生の指摘や合唱部の仲間たちの支えで本当の歌のすばらしさを知り、大きな成長を遂げていく。このように映画の題材として取り上げられるのは“合唱”だ。
おそらく大方の人が幼稚園や保育園のお遊戯、小中高の音楽の授業なり、学園祭なりで、合唱部に所属せずともどこかで一度は“合唱”を経験しているのではないだろうか? 今考えると歌が下手だろうと人前に立つのが苦手だろうと誰もが否応なしに体験したように思う。そう考えると日本人にとって“合唱”は、もしかしたら一番ポピュラーな音楽の原体験といえるかもしれない。この映画は、まさにこの“原体験”を呼び起こし、妙な気恥ずかしさで胸にざわめきを覚える。
これを可能にしたのは“合唱”にほかならない。とにかく劇中で随所に登場する合唱シーンがありきたりだが“すばらしい”のひと言なのだ。それはなぜなら歌っている全員が本気で歌っているから。主演の夏帆もほかのメンバーも演技うんぬんというより、心をひとつに歌うことに集中していてほとんど素ともいえるぐらい。これが正しい表現かわからないが、“もう見た目がうんぬん関係なく、変な顔でOK!”と顔をくしゃくしゃにしながら歌っている。この合唱部の団結力を見るだけでも価値あり。手掛けた田中誠監督は『タナカヒロシのすべて』『雨の町』『おばちゃんチップス』とジャンルの違う作品を発表してきたが、正直なところこのタイプの映画ははじめどうかと思った。これだけの大所帯をまとめるのは大変だったと思うが、ここでの掌握力は見事。次回がどんな作品を見せてくれるのか楽しみになった。
(関連サイト)
『うた魂♪』公式サイト
http://www.utatama.com/
※シネクイントほかにて全国公開中
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2008年04月04日
伝説の映画監督・高林陽一と大林宣彦が日本映画界を語る!PART1
去る3/29(土)、自主映画界の草分け的存在である高林陽一監督の最新作「涯てへの旅(はてへのたび)」)の公開を記念して、ポレポレ東中野にて盟友・大林宣彦監督とのトークショーが開催された。8mmカメラを片手に駆け回った青春時代の話から、最新のデジタルビデオへの考察、日本映画界の現状に至るまでその内容は多岐にわたり、非常に熱いものとなった。

「1カットを1時間も撮れる。これはすごいことだ」
大林――我々の時代はたかがアマチュアだと言われていたけど、我々二人と“いいむらたかし君”という仲間がいて、この三人だけが8mmをアマチュアだとは考えないで、8mmだから出来るものを考えていた。黒澤や小津やジョン・フォードやウィリアム・ワイラーだと言っても、あの人たちが使っているのは35mmのでかいカメラだろ。俺たちは8mmだから木に登りながら撮れるぞ、キャッチボールしながら撮ればボールの主観で撮れるぞって人がやらないことをやった。せっかく小さいカメラを持ってるんだから、このカメラで出来ることをやろうとしてましたね。
数年前、僕が高林さんに最近のデジタルビデオは8mmみたいに簡単に撮影ができるから、これを使って、また個人映画を撮ろうって誘ったんです。それで実際にカメラを回した高林さんは『これはすごいね。1カットを1時間も撮れるよ』って驚いてた。昔使っていた8mmはゼンマイを巻かないと動かなくて、しかも30秒しか撮れなかった。彼は長いカットを撮りたいと、ずっと葛藤してきた人だから『1カット1時間で映画が撮れる。これはすごい』ということになったんだね。デジタルビデオで映画を撮ってる人はいっぱいいるけど、こういう発想でカメラを捉えられる人間はいないでしょうね。
高林――35mmカメラだと、マガジンいっぱいにフィルムを詰めて込んでも1000フィート、1カットは最大でも10分しか撮れませんでした。けれどもデジタルビデオなら、極端に言えばテープ1本60分のワンカット表現も可能になってくる。普通の映画は、だいたい150~200シーンはあるのですが、今日ご覧いただいた作品(「涯てへの旅」)では、わずか16シーンしかありません。そういう作品が作れるのがデジタルビデオのすばらしいところだと思います。そもそも映画とは、機械的な制約と自分の生理的なものとのせめぎ合いです。やりたい事と機械がうまくマッチせず、いつもそのズレとの戦いがあり、それが悩みだった。デジタルビデオには、そういったズレが無いことがすごい。
≫続く
「涯てへの旅」('07)

<キャスト・スタッフ>
企画・脚本・演出:高林陽一 撮影・編集:としおか たかお 助監督・録音:秋吉弘文
出演:高城ツヨシ 遠藤久仁子 白石美樹 木元としひろ
<ストーリー>
「僕は確かにこの風景を知っている。この浜を歩き、これと同じ情景を見たことがある・・・」唯一の肉親を捜し、父の生まれたであろう海辺の町へとやってきた男。夢のような、幻のような記憶と現実の交錯する旅の中で、男は生きる術を知る 。
<関連サイト>
「涯てへの旅(はてへのたび)」
http://takabayashiyouichi.web.fc2.com/
ポレポレ東中野
http://www.mmjp.or.jp/pole2/
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2008年04月02日
『カクトウ便Vol.1~3』 TEXT by 水上賢治
小阪由佳、木口亜矢、次原かな。グラビアタレントに詳しい人ならば、本作は主演におなじみの顔がならんでいるに違いない。でも、単なるアイドル映画と侮るなかれ! 全面に出されているチラシや場面スチールからは想像もできないかもしれないが、本作は男臭さがプンプン漂うバリバリのアクション映画なのだ。

(C)カクトウ便製作委員会
Vol.1~3の3本いずれもが、わけありの荷物を必ず時間通りに相手先にきっちりと届ける裏の運び屋が、行く手を阻む悪の集団とバトルを繰り広げる設定。お決まりのようにバイオレンスあり、お色気シーンあり、ラブ・ストーリーありと、全体像はごった煮感覚のエンタメ・ムービーに徹している。だが、その核をなすのはあくまでアクション。しかもある意味、基本といえるストリートでのアクションだ。このアクション演出をすべて担当したのは、香港と日本の映画界を往来して活躍するアクション監督、谷垣健治。以前『ペルソナ』のレビューでも触れたが、やはり彼の手にかかるとアクション・シーンが俄然、熱を帯びる。何でも彼曰く今回は「アクション尽くしにしたかった」とのこと。そこで今の自分の思い描くアクションを可能にすべく、気心の知れた信頼の置ける、もちろんポテンシャルも高いアクション俳優をメインキャストに抜擢。その彼らの生身の肉体を最大の武器にしたアクションは躍動感あふれ、思わず体に力が入る。
撮影は無謀にも3本ほぼ同時進行で敢行したゲリラ撮影の連続だったようで、「即興に近い形で生まれたアクション・シーンもある」のだとか。なので“えっ、こんなところでバトルして大丈夫?”というようなアクション・シーンもちらほら見受けられる。先日、話を聞いた際に確認したが、彼にとって“アクション監督”とは、カメラ位置から撮影方法までそのシーンすべての演出を含む。つまり、この映画のアクション・シーンはすべて彼の構想でなりたっている。その緻密にして自由なアクションを体感してほしい。
(関連サイト)
『カクトウ便』公式サイト
http://kakutoubin.com/
※池袋シネマロサにてレイトショー公開中。『カクトウ便Vol.1 Battle Run XX』『カクトウ便Vol.2 VS謎の恐怖集団人肉宴会』『カクトウ便Vol.3 そして、世界の終わり』を日替わり上映
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2008年03月28日
『接吻』 TEXT by 水上賢治
昨年末に行われた東京フィルメックスでこの作品を観たとき、言葉でいい難い衝撃を受けた。そして今年に入ってプレビューで今一度観たとき、その衝撃は薄らぐどころかさらに高まった。あくまで私的な意見に過ぎないが今年の日本映画を語るとき、必ず壇上に上がらなくてはならない1本。“衝撃作”という触れ込みにふさわしい久々の“衝撃作”だ。

調子のいい同僚から仕事を押し付けられるといった、周囲からいいように使われるタイプのOLが、無差別殺人犯にシンパシーを感じ、それはやがて恋愛感情へと変わっていく。もちろん、この大胆な設定のストーリーもひとつの衝撃。だが、個人的にはなによりも映画の緻密さに驚かされた。物語、映像、設定、展開など、とにかくこの映画を構成しているものすべてに無駄が一切ないのだ。“無駄”とすると語弊があるかもしれない。なんといえばいいか。そう、それこそ役者のちょっとしたしぐさや背景にまでしっかりと意味や定義づけがされている。なので、瞬きすることも許されないとまではいわないが、一瞬たりとも油断することは許されない。それほど、緻密に考え抜かれた映像と言葉がワンシーンに克明に刻まれているのだ。
あまり詳しく書くと映画の楽しみが減るので大雑把に触れるが、小池栄子が演じる主人公の京子は、部屋に入るとき、きっちりと同じ行動をする。何の気なしに観るとごくありふれた行動なのだが、これは彼女の性格を決定づける象徴。万田邦敏監督はこういった仕事を細部に渡って怠っていない。よって、この仕事を目にした受け手は、しらずしらずのうちに登場人物の性格や心境を脳裏に刷り込まれている。言葉だけで語られたとき、おそらく京子という人物はほとんどの人が“モンスター”と受け止めることだろう。だが、実際、彼女を目にしたとき、大半は人間離れした虚構の人物と思わないはず。なぜなら、物語を追う中で彼女の心境が痛いほど手にとるようにわかるから。きっと彼女を自分たちと大差ない血の通った人間として感じるに違いない。
だが、これだけ繊細な人物描写とストーリーテリングを施しておいて、万田監督がラストに用意する主題の“接吻”は、良い意味でその緻密さを台無しにする。こちらを嘲笑うかのようにぶっこわす。この衝撃は計り知れない。
もうひとつ触れておきたいのは、この映画は濃密な一対一の会話劇でもあること。この会話で交わされる言葉にも無駄が一切ない。鋭利な刃物のように研ぎ澄まされたセリフが俳優たちの口から魂を得た肉声となって、こちらへ放たれる。言葉によっては痛い。グサグサと否応なしに胸に突き刺さってくる。これほど選ばれた言葉がならべられたドラマも近年稀といっていい。
(関連サイト)
『接吻』公式サイト
http://www.seppun-movie.com/
※ユーロスペースにて公開中。全国順次ロードショー
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2008年03月27日
新作公開直前! 伝説の監督・高林陽一ご本人が8mm、16mm、35mm、デジタルビデオの魅力を解説(独占)!

ポレポレ東中野にて、3/29(土)から上映される「涯てへの旅(はてへのたび)」は、「本陣殺人事件」「金閣寺」などのATG作品で知られる映像作家・高林陽一の新作だ。自主映画の草分け的な存在である彼が、デジタルビデオで手がけた本作の上映にあたり、「Hoga Holic」に8mm、16mm、35mm、デジタルビデオ、それぞれの特性・歴史を解説してくれた。
3/29の初日には、監督・俳優陣の舞台挨拶とともに、盟友ともいえる大林宣彦監督とのトークショーも予定されているので、本作を見る前の、そしてトークショーの予習材料として活用してもらいたい。
≪8mm≫
8㎜映画の歴史は古く、昭和の初めからあった。(勿論、シネコダックという 輸入品のみ)戦後の8㎜ブームは、フジフィルムのマガジンポン「私にも写せます」のCMの時代を頂点に栄え、ビデオカメラの発達にとって変えられるまで、全盛時代であった。
機能としての8㎜は、当時「小型映画」と呼ばれていた通り、フィルム巾は8㎜であっても、何ら他のサイズの映画と変わるところはなく、フィルムを撮影機に入れて、1秒16コマ(には24コマもあった)が、定速の間欠運動による撮影を行い、現像後それを切って接合するという編集のプロセスまで、文字通りの映画であった。ただ、8㎜フィルムにはネガフィルムが無く、すべてポジフィルムの反転映像による映写用フィルムが、唯一本のオリジナルフィルムであるということが最大の特徴であり、次いで言えば、録音用のサウンドトラックが無く、トーキー映画としては、テープ式トーキーを併用するか、さもなくば、編集済みのオリジナルフィルムに磁気コーティングをしてそれをサウンドプロジェクターにかけて録音するという(但し、これは殆ど実用化されないまま終わった)方法で、その点では、画と音が1本のフィルムの上存在する映画とは違って、その意味ではサイレント映画であった。
≪16mm≫
16㎜映画は、その8㎜映画とは違って、フィルムもネガフィルムを使用し、サウンドトラックも持った、そういう意味では35㎜映画となんら変わるところのない「映画」であった。ただ、カメラが35㎜映画のカメラより、はるかに小さく、軽量で、手軽に撮影できたので、主として記録映画に使われた。山岳映画や動物映画などに、世界的にも著名な作品が沢山ある。勿論、劇映画などにも、フィルムコストの安さや、助手人件費の合理化などを目的に使われ、劇場上映用としては、16㎜ネガから、35㎜ネガへのブローアップ(拡大)を使用する方法も、今日、現在でも、スーパー16㎜の開発などで使われていることが多い。
≪35mm≫
35㎜映画は、私たちが映画という場合には、殆ど、この35㎜映画のことを言うのであって、映画の主流媒体といっていいだろう。映画が活動映画と呼ばれた時代から、主として映画産業資本の手によって育てられてきた。今日、私達が映画館で見る映画は、大半以上がこの35㎜フィルムである。機能としては、35㎜巾のフィルムに画と音を撮影、録音して、1本の映画として完成させるもので、テレビの無い時代には大衆娯楽の王者としての地位を長く保って来た。8㎜や、16㎜フィルムと違って、その画面の奥行きの深さ、映画的表現の豊かさなどは、表現媒体として完成された、名作、傑作を多く生み出し、今日に至っている。
≪デジタルビデオ≫
デジタルビデオは、上記の8㎜、16㎜、35㎜のどの映画とも違って、フィルムを使用せず表現する新しい媒体である。今日すべての映像がデジタル化されている時代に当って、生まれるべくして生まれた、映画に似て非なる、映像の表現媒体である。SONYやPanasonicなどの電気製作メーカーが生み出す、小型のデジタルビデオカメラは、往時の8㎜映画全盛時代を思わすような普及率で、多くの人が個人映画に色々な精神世界を表現し始め、その中でも優れた作品は、多くの人の目にとまるようになった。機能としては、フィルムと違ってテープを使用するため、映画用のマガジンによる、フィルム計容量の制限(8㎜100フィート、16㎜400フィート、35㎜1000フィート)というものがなく、極端に言えば、テープ1本60分のワンカット表現も可能な媒体ということである。これはもしかすると映像表現のモンタージュを根底からくつがえす新しい何かを含んでいることと言えるかもしれない。その考えるとこの、ハードの変革による映像の時代は、映像的機能を離れて、次世代の映像表現を生み出す、全く未知の機能なのかもしれない。
監督:高林 陽一(たかばやし よういち)
1931年4月29日生まれ。20代から精力的に実験映画作品を発表、多数の国際映画祭での受賞、日本人初のニューヨーク近代美術館所蔵等、輝かしい成果を残し、30代からATG、松竹、角川といったメジャーで作品を発表してきた伝説の監督。70代になった今、デジタルビデオを使い、映像の新たな領域へと歩き続ける。「涯てへの旅」は、舞台でもなく、映画でもない、ビデオというメディアを、如何にテレビ的呪縛から解き放つのかというテーマに挑んだ。本年春には新作の撮影も開始する。
代表作は、「石ッころ」(イタリア・モンテカティーニ・アマチュア国際映画祭金賞、イタリア・サレルノ国際映画祭銀賞)、「餓鬼草紙」(カンヌ映画祭批評家週間参加、マンハイム国際映画祭グランプリ受賞)「本陣殺人事件」「金閣寺」「雪華葬刺し」(カンヌ国際映画祭監督週間出品)
●初日舞台挨拶
3/29
21:00~
ゲスト:高林陽一監督 高城ツヨシ 白石美樹
●初日オールナイト
3/29
23:00~
トークショー
大林宣彦監督×高林陽一監督
0:00~
高林陽一監督作品オールナイト上映
すばらしい蒸気機関車」「餓鬼草紙」「往生安楽国」
料金 : 当日2,200円、前売2,000円 *豚汁サービス付
<関連サイト>
「涯てへの旅(はてへのたび)」
http://takabayashiyouichi.web.fc2.com/
ポレポレ東中野
http://www.mmjp.or.jp/pole2/
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2008年03月26日
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 TEXT by 水上賢治
1963年にデビューを果たし、キャリアが45年を超えた若松孝二監督。これまで社会に波紋を呼ぶ、気骨のある作品を数多く発表してきた同監督だが、本作を見るとその反骨精神は年を重ねて丸くなるどころか、逆にさらに反発して加速している気さえしてくる。

(C)若松プロダクション
今回、若松監督が題材に選んだのは“連合赤軍”。本人が「どこかで1度は向き合わなくてはならなかった」と言い切っており、念願の1作といっていい。映画はそんな監督の熱き想いが乗り移ったかのよう。全編に並々ならぬ異様な熱気が充満している。
連合赤軍の引き起こした事件及びあさま山荘事件は、昭和史をたどる報道特集番組などで今の若い世代も1度は目にしていることだろう。だが、年を経るにつれて、残念ながら山中で起きたリンチ殺人事件や、赤軍メンバーと警察隊が激しい攻防を繰り広げ、あさま山荘に鉄球が打ちつけられるシーンのみに集約。そこへ至った経緯がすっぽり抜けて、連合赤軍=悪の図式でしか語られなくなっている気がすww.wる。その中で若松監督は、連合赤軍誕生からあさま山荘事件へと至る過程を丹念に描出。なぜ若者たちは革命戦士を名乗り、社会をかえようとしたのか? なぜ彼らは同志を殺す境地に至ったのか?
当時の日本の状況と、若者たちの心情の変化に目を向ける。しかも若松監督は連合赤軍の主要メンバー、坂東國男から当時の話を聞いており、彼から伝え聞いた話も反映。これだけの大事件にも関わらず国家権力側からの視点だけで語られつつある事件の真相と全貌をきっちりと映し出す。まさにタイトルにも入れられた“実録”という言葉にふさわしく、全編、当時の時代の空気と臭いが立ちこめているかのよう。当時を知らない自分であるが、まるで事件の目撃者になったかのような錯覚を覚えた。
もうひとつ加えておきたいのは役者たちの演技。有名無名の役者が登場するが、各人ともに迫真とはこのことと思えるぐらいの演技を見せてくれる。中でも目を奪われたのが、ARATA。これほど研ぎ澄まされた彼に出逢ったことはこれまでにない。
(関連サイト)
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』公式サイト
http://wakamatsukoji.org/
※テアトル新宿ほかにて公開中。全国順次ロードショー
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2008年02月27日
『全然大丈夫』 TEXT by 水上賢治
言われるとちょっと安心するかもしれないし、逆にちょっと心配になってしまうかもしれない。そんな微妙なニュアンスを含んだ言葉“全然大丈夫”なるタイトルがつけられた本作は、名バイプレイヤーとして活躍する荒川良々の初主演作。スクリーンで独特の存在感を放つ彼の持ち味を引き出しぬいた1作といっていいかもしれない。それほど映画は彼の味わいで充満している。

(C)2007「全然大丈夫」製作委員会
手がけた藤田容介監督は今回が長編デビュー作。松尾スズキの主宰で荒川も所属する劇団「大人計画」と様々な形でコラボレーションをしてきた経験を持つ。その勝手知ったる強みか、荒川良々を躊躇なく良い意味で“いじり”倒す。それを顕著に表すのが、役柄の設定だ。荒川がここで演じるのは無類のホラー好きでゾンビに扮しては人を脅かして喜び、お化け屋敷を作るのが夢の29歳の男。でも、夢を語るがそれに向かって踏み出すことはない。要するにとにかくいい加減な人物。これを普通の役者がやると興ざめしてしまうところ。でも、荒川が演じるとなぜか愛嬌が生まれる。そのツボを藤田監督は当然のごとく押さえており、ドラマは荒川ワールドが支配。いつの間にか荒川の色に染められた物語は、どこかほのぼのムードの笑いで満たされ、最後は幸せな気分にさせられる。
三木聡監督ほどゆるくない、堤幸彦監督ほどベタでとぼけてもいない。その狭間にある、しみじみとした笑いとでも言おうか。藤田監督が提供するのは、そんな笑いとユーモア。この笑いちょっとくせになる。
(関連サイト)
『全然大丈夫』公式サイト
http://zenzenok.jp/indexp.html
※シネクイントにて公開中。全国順次ロードショー
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2008年02月11日
『ペルソナ』 TEXT by 水上賢治
グラビアやCM、TVドラマなど様々なフィールドで活躍中の山崎真実が映画初主演を務めた本作は、近未来を舞台にした本格アクション。人体実験で超人的な戦闘能力を身につけた女性の戦いが描かれる。見どころはずばりアクション。そして、アクションにとって役者とアクション監督の存在がいかに大きいか改めて気づかされる1本でもある。

(C)「ペルソナ」フィルムパートナーズ
これはあくまで個人的な見解に過ぎないが、アクションに最も必要なのは“熱”のような気がする。それは演者の肉体の躍動感が発するものかもしれないし、画面全体にみなぎるパワーかもしれない。いずれにしても“熱”を感じられるか否かは重要。見応えあるアクション映画には、人の心を燃えさせる“熱さ=パッション”が確実に存在していると思う。この『ペルソナ』には確実にその“熱”が宿る。その最大の要因は、アクション監督を務めた谷垣健治の存在にほかならない。彼は香港映画界でも指導するほどのアクションの達人。『リアル鬼ごっこ』と『カンフーくん』のアクション監督も務めているのだが、いずれも一貫してアクションは熱く力強い。また、山崎真実のがんばりもみごと。今後、彼女がどのような方向性に進むのかはわからないが、新体操をやっていただけあって、アクション女優としての素質は高い。
そういえば昨年末、『エクスクロス 魔宮伝説』で深作健太監督にインタビューした際、彼はハードなアクションの求められる役に鈴木亜美を抜擢したことについて「アイドルの女の子は、厳しいダンスレッスンやトレーニングを積んでいる。基礎ができているから、レベルの高いアクションが望める。それに対して最近の若い俳優はほとんどがモデル上がり。食べないでやせた彼らは基礎体力がない。すぐ怪我をするから、怖くてとてもじゃないけどお願いできない」と語っていた。これを聞くと女性アイドルのアクション映画は侮れない。もし女性アイドル主演のアクション映画が公開されたら軽視は禁物かも。
(関連サイト)
『ペルソナ』公式サイト
http://persona-movie.jp/
シネマート六本木ほかにて公開中。全国順次ロードショー
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2008年01月28日
『すみれ人形』 TEXT by 水上賢治
人形が相棒の孤独な青年腹話術師が、右手だけを残して失踪した妹を探し続ける。もう、この概要だけである種の不気味さと異色な臭いを感じとれるに違いない。人間の狂気と異形の愛。長編デビューとなる新鋭、金子雅和監督が手がけた本作は、そんなタブー視されがちなテーマに果敢に挑んだ意欲あふれる1作だ。

金子監督は1978年生まれ。映画美学校フィクションコースに進み、そこで瀬々敬久監督の指導を受けたという。今回の作品は、その瀬々監督の監修による同校の卒業修了制作作品となる。そういわれるとそこかしこに瀬々監督の影響を感じるのは確か。特に人間の誰しもが心の奥底に眠らせている残虐性や、一瞬の歯車の狂いで転落していく精神の弱さを炙り出す物語の世界観は共通点を見い出せる。
だが、それはこちらの勝手な粗捜しに過ぎない。なぜならこの作品は、金子雅和という監督の放つオリジナリティーがそれらの影響を軽く上回るからだ。中でも目を奪われるのが、その独特の映像感覚。官能的であり、退廃的でもある映像は、見る者を見世物小屋ともいうべき猥雑さと夢の世界が混在するファンタジック・ワールドへと誘う。ロケ先も“こんな場所があるのか”というほど、この世とはまた別世界ともいうべき幻想的な風景ばかり。聞くとロケーションには相当なこだわりがあるようで、すべて監督自身が足で稼いで、ようやく発見した場所だという。その納得のロケーションで切り取られた映像は、物語の残虐さや暴力性と相反するようにどこまでも儚く美しい。その映像だけでも一見の価値あり。これだけ映像美を感じさせる新人監督との出会いは久しく記憶にない。
(関連サイト)
『すみれ人形』公式サイト
http://www.sumireningyo.com/
※アップリンクXにて公開中
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2008年01月23日
――今本当に自分のそばにいてくれる人はいる?
心が震える映画「凍える鏡」のトークショーを開催!
監督の大嶋 拓といえば、心に残るインディペンデント映画「カナカナ」がある。1995年の公開当時は大学生だったころ――確か大好きだった中野武蔵野ホールで観た覚えがある。淡い水彩画のようなビジュアルと、見知らぬ女性と少年の奇妙でどこかエロティックな共同生活の物語は、今も印象に残っている。
そんな大嶋拓監督の最新作「凍える鏡」が、1/26(土)より渋谷のミニシアター、シネマ・アンジェリカにて公開。初日の26日には主演の田中圭らが出席する舞台挨拶が、翌27日には大嶋監督らによるトークショーがそれぞれ開催される※下記参照。

(C)2007「凍える鏡」製作事務所
心に常に苛立ちを抱え、ひとり絵を書いて暮らしている青年・瞬(田中圭)が、偶然出会った童話作家・香澄(渡辺美佐子)とその娘・由里子との関わりの中で、人間的な感情を芽生えさせていくというこの「凍える鏡」。見どころは『家族以外の“誰か”との絆』だろうと、私は思う。
実はあまり知られていないことだが、映画「カナカナ」誕生のきっかけは、あの「誰も知らない」('04)の題材にもなった1988年に巣鴨で起きた4兄妹の置き去り事件であるという。その「カナカナ」も家族から拒絶された孤独な2人が寄り添う物語で、「凍える鏡」の瞬と香澄との濃密な繋がりとは共通点がある。人はありのままの自分を受け入れてくれる絶対的な存在が必要で、それは必ずしも家族でなくてもいい――両作にはそんなテーマが見え隠れする。
27日のトークショーでは、本作の医事監修を務めた精神科医・熊谷一朗氏が大嶋拓監督と共に来場。“現代人の見捨てられ不安とは?”を題材にした必聴の内容だ。お見逃しなく!
<「凍える鏡」トークショー in シネマ・アンジェリカ>
1/27(日)15:20の回上映終了後
ゲスト:大嶋拓(監督・脚本)、熊谷一朗(精神科医)
<関連サイト>
「凍える鏡」公式サイト
http://www.kogoeru.net/
「シネマ・アンジェリカ」公式サイト
http://www.kogoeru.net/theater/theater.html
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2008年01月22日
『人のセックスを笑うな』 TEXT by 水上賢治
ここ数年、日本映画界は女性監督の躍進が目立つ。河瀬直美、西川美和、荻上直子など、多士済々。しかも各々が独自の視点による個性的な作品を発表している。今の日本映画界から多様に語られるのは、彼女たちの活躍なくしてなかったかといってもいいだろう。その中でも個人的に、ひとつ頭抜けた才能を感じるのが、本作を手がけた井口奈己監督だ。

(C)2008「人のセックスを笑うな」製作委員会
前作『犬猫』で女性のしたたかさと微妙なバランスで成り立つ友情を描いた彼女が次に選んだのは、山崎ナオコーラの同名小説の映画化。ここで彼女は、女性の中に内在する“性”を軽やかなタッチながら、まるで凝視するように濃密に描き出す。おおよその女性監督は性描写に関すると、どこかこぎれいに美しくまとめてしまう傾向があるように思う。中には男女間の物語でありながらまったく“性”のにおいさえ感じさせない映画もある。その中にあって井口監督の登場人物から引き出すエロティックさとグロテスクさは半端じゃない。
純情青年19歳のみるめが、39歳の自由奔放女性ユリに翻弄されていくさまを描く。この過程で永作博美が演じるユリと、松山ケンイチが扮するみるめとの間で交わされるキス、会話、視線のいずれもがとんでもなく官能的。大胆なセックス描写があるわけではないが、人と人がどうしようもなく心を惹かれ、体を求め合ってしまう、根源的な“性”そのものをみせつけられる。二人のラブシーンはダイナミックな躍動感があふれ“活劇”にさえ思えてくるほど。どこかベビーフェイスな顔立ちで年相応に見えない永作博美に、これだけの女の色気があったのかと最後はあっけにとられた。恐るべし井口監督の演出である。
(関連サイト)
『人のセックスを笑うな』公式サイト
http://hitoseku.com/
※シネセゾン渋谷にて公開中
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2007年12月28日
『かぞくのひけつ』 TEXT by 水上賢治
“人情喜劇”。日本映画監督協会新人賞に輝いた新鋭、小林聖太郎監督が手がけた本作は、このワードがぴったりくる作品だ。劇場スケジュールの取り合いがあるほどで、未公開のままお蔵入りする作品も実は数え切れない現在の日本映画界。それほど多くの作品があるものの、日本映画でこういった市井の人々のあくまで庶民的な生活をユーモアな視点をもって描いたタイプのものは少数。もしかしたら“人情喜劇”なんて正面きって言える作品は、最も少数の部類に入るのかもしれない。

(C)2006シマフィルム
主人公は“ザッツ・大阪人”ともいうべき家族。長らく東京で暮らす自分を含む関東人たちにとって、ときに大阪を舞台にした喜劇は、そののりつっこみに乗り切れずに終わるケースがある。でも、本作はきっとそんな関東人も観終わったら“ほんま、おもろいな”という口調になっているかもしれない。というのも登場するのは心をくすぐる人物ばかり。浮気性だけど妻にはまったく頭が上がらないオヤジに、そんな夫に常に目を光らせながらも誰よりも逞しい大阪のおばちゃん丸出しのおふくろ、この両親の間でいつも板ばさみ状態で悩みの尽きない息子に、彼の煮え切らない態度にやきもきする妙に積極的な彼女、正体を隠して家族の中に入り込んできた父の浮気相手ら、町のどこかで見かけそうな人間臭い人々がドラマを紡ぎあげる。劇的な出来事は起こらないし、強烈なキャラクターは登場しない。でも、人の心に寄り添った豊かなドラマがこの作品には存在する。
小林監督は井筒和幸や根岸吉太郎、森崎東など、ひとクセある監督の助監督を務めてきたとのこと。そういわれると影響を感じる部分もある。ただ、それ以上に独自の視点と手腕をもった軽妙洒脱な作品に仕上がった印象だ。初監督作だけに正直もっと弾けたところもほしかったのは確か。でも、処女作としての完成度はかなり高い。堂々たる娯楽作と言い切れる。
(関連リンク)
『かぞくのひけつ』公式サイト
http://kazokunohiketsu.com/
※ユーロスペースにてレイトショー公開中
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2007年12月26日
『ジャーマン+雨』 TEXT by 水上賢治
ここ数年、よく言われていることだが、日本映画界に次々と新たな才能を秘めた女性監督が誕生している。昨年は西川美和監督の『ゆれる』が様々な国内映画賞に輝き、今年は河瀬直美監督の『殯(もがり)の森』がカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得。荻上直子監督の『めがね』や、人気フォトグラファーの蜷川実花が初監督に挑んだ『さくらん』など話題作も多かった。本作を手がけた横浜聡子監督は、そんな女性監督の系譜に新たに加わりそうな逸材だ。

(C)横浜プロ
青森出身の彼女は現在、29歳。この作品が初の劇場公開作となる新鋭だが、なかなか登場人物のキャラクター作りに才能を感じさせる。それほど、本作の主人公・林よし子という人物は強烈だ。資料には“ゴリラ顔、強引、わがまま、天涯孤独”と彼女について明記されているが、これだけではもちろんない。性格はいいところを見つけようとしてもみつからないほどひねくれているし、たちの悪い嘘をつく。人の失敗は見逃さないが、自分の失敗は許しまくり。こんな一方通行キャラは、男女問わず見たことがない。
よくよく眺めるとドイツ人の植木職人や女心が芽生えてしまった小学生、小さな男の子に手を出す変態オヤジなどなど、周りには強烈な人物がいっぱい。でも、よし子にはことごとく敵わない。小学生相手に本気モード全開で彼女がドッジボールに興じるシーン、頭が錯乱して汲み取り便所に飛び込む場面などで彼女が放つ存在感はすさまじいばかりで、いつの間にやら妙な愛情が芽生えてきて虜に。恐るべし驚愕のヒロインである。
ただ、奇天烈なキャラクター作りだけで終わっていないところがこの作品の優れたところ。現実離れした人物を主人公にしながら、実は現代を生きる人間が心に抱く社会への不満不平、口には余りだすことのない本音が語られた社会派ともいうべき内容に着地させている。今後、横浜監督がどんな物語を紡ぎあげていくのか楽しみに待ちたい。
(関連リンク)
『ジャーマン+雨』公式サイト
http://www.german-ame.net/
※ユーロスペースにてレイトショー公開中
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2007年12月07日
CS・TBSチャンネルで山田太一特集
「HogaHolic」恒例の「山田太一」放映情報です。
「東京の秋」ほか、山田太一脚本のドラマ全3作品をCS初放送。
(放映作品)
・「東京の秋」(TBSチャンネル)【初回】12/9(日)12:00~13:40[前編・後編]
・「再会」(TBSチャンネル)【初回】12/9(日)14:00~15:20
・「旅の途中で」(TBSチャンネル) 【初回】12/9(日)15:30~16:50
・「彼らはドラマを創る 山田太一×岡田惠和(対談)」(TBSチャンネ
ル)【初回】12/9(日)17:00~18:00
太一ファンにとっても、レア度の高い作品多し。目玉は、『彼女たちの時代
』などで太一フォロアーとしても知られる脚本家・岡田惠和との対談でしょ
うか。
他に柄本明、池上季実子、竹下景子ら出演のスペシャル・ドラマ
・「浅草・花岡写真館」(TBSチャンネル)12月8日12:00~13:50
の放映もあります。
(関連リンク)
「TBSチャンネル」
http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/index-j.html
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2007年12月05日
『エクスクロス 魔境伝説』 TEXT by 水上賢治
“阿鹿里村(あしかりむら)”なるひなびた温泉地にむかった美女2人が、狂気の風習を持つ村人に襲われる。この設定からも本作は、完璧にホラーなのである。でも、観た後の感想は、なぜか気分爽快。なんともいえない痛快な心持ちにされるのだ。それはなぜなのか? 理由は実にシンプル。この作品、ある意味、近年稀に見るほどの活劇であり、徹底的にエンターテインメントしている娯楽作なのである。

(C)2007「XX」製作委員会
はっきり言ってしまうが、この映画、とにかくくだらないギャグと設定も“ありえねぇ~”感じで突っ込みどころ満載。だいたい、足を刈る慣習が残るから“阿鹿里村”という舞台の命名からして、ふざけている。でも、そのくだらなさが不思議と許せて、一緒にいつの間にか楽しめてしまう。なぜかというと、とにかくおバカなギャグ・シーンひとつとっても手抜きなし。どんなくだらないシーンも本気でスタッフとキャストが一丸となって挑んでいることがわかるのだ。
実はB級映画のB級感を出すことは容易いように見えて難しい。ありえない設定やギャグをきっちりと観客に伝わるものにするには、製作者の情熱がある意味、普段以上に必要になる。なぜなら、バカなことを、はずかし半分でやると受け手は引く。それは芸人を見ればわかることだろう。映画も同じ。バカなことtp://xx-movie.coほど実は大真面目にやらないといけないのだ。タランティーノの映画を多くの人が愛するのは、やっぱり彼の本気が映画に移っているからにほかならない。
先日、手がけた深作健太監督に話を聞く機会を得たが、狙ったのは、笑ってどきどきできて、アクションに次ぐアクションで間違いなく楽しめるB級映画とのこと。「最近、映画が品よく“観賞”するものになっている。だから、それを打ち破る徹底した娯楽作を作りたかった。設定からなにから“ありえない”ことばかり、そこにどんどん突っ込みを入れて楽しんでほしい」といっていた。
そう、彼は確信犯。今の日本映画界にあえてB級映画的作品をぶつけたかったのである。この試みはかなりの冒険かもしれない。だが、個人的には非常に面白く受け取った。
(関連リンク)
『エクスクロス 魔境伝説』公式サイト
http://xx-movie.com/index.html
※全国東映系にて公開中
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2007年12月03日
ブログのようでブログでないクドカンの日記帖
大人計画HPに新たなコンテンツを発見。“宮藤官九郎の小部屋の中の引出しの三段目の日記帖”が昨日よりアップされたようです。ブログ全盛の時代(なのか?)にあって、敢えてそのかたちに捉われないのがクドカン流(なのか??)。脚本家、俳優、そしてミュージシャンとアシュラマン以上ミルマスカラス以下の顔をもつクドさんの日常が淡々とつづられてます。長さもほどよくて読みやすい。同劇団主宰のブログとともにチェック入れちゃうこと必至です。
日記帳のなかでは、来年スタートのフカキョン主演の新ドラマ「未来講師めぐる」についての言及もあり。12月21日には、大人計画企画の傑作ドラマ「おじいさん先生」もリリースされますよ。
テレビ朝日|未来講師めぐる
http://www.tv-asahi.co.jp/meguru/
おじいさん先生 熱闘篇
http://www.ntv.co.jp/ojii/
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2007年11月29日
『おそいひと』 TEXT by 水上賢治
大阪在住の脳性麻痺を持つ障害者、住田雅清を主人公に起用した本作は、2004年に発表された作品。同年に「東京フィルメックス」で上映されながらも、一種のタブーを扱った物語であるがゆえに封印されてきた経緯がある。そんな賛否両論の議論が飛び交った1作が、3年の時を経て、ようやく一般公開される運びとなった。

まず、内容から言うと、押さえきれない衝動に駆られるように重度の障害者が健常者に牙を剥き、次々と殺害していくというのはやはりショッキング。おそらく気分を害する人も数多くいることだろう。ただ、いたずらに障害者を扱った映画では決してない。なぜなら、この物語が示すのは、すべての人間が狂気を持っているということ。“障害者が次々と殺人を起こすなんてありえない”なんて常識、実はどこにもない。狂気的な行動に至る過程に実は健常者も障害者も線引きはないのだ。そのことをこの映画は示す。
手がけた柴田剛監督は「住田雅清という障害者を主人公に『タクシー・ドライバー』を作りたかった」と語っている。これは実に的確なコメント。この言葉が本作の内容を集約している。この手の題材はどうしても事前に毛嫌いされてしまうケースが多々あるが、この監督の意図を汲み取ってほしい。
その柴田監督だが、熊切和嘉や山下敦弘などを輩出している大阪芸術大学出身の新鋭。モノトーンでまとめられたヴィジュアル、考え抜かれた構図、滑らかなカメラワークなど、ストーリーテラーとしてだけでなく映像作家としても確かな資質を感じる。次回、どんな作品をぶつけてくるのか注目したい。
(関連リンク)
『おそいひと』公式サイト
http://osoihito.jp/
※12月1日(土)よりポレポレ東中野にてロードショー
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2007年11月21日
『カーネーション/ROCK LOVE』 TEXT by 水上賢治
すでにキャリア20年を数える、直枝政広を中心としたバンド“カーネーション”。いわゆるミュージシャンズ・ミュージシャンに挙げられる彼らの音楽は玄人好みで、メジャーフィールドでヒット曲を連発しているバンドではない。それゆえ大手メディアで彼らの高い音楽性が語られることはあまりなかったように思う。その中で、本作は“カーネーション”に属するバンドマンの“スピリッツ”を、初めて真摯に伝える作品に思える。

20年以上のキャリアを重ねたミュージシャンともなれば、大なり小なり自分流のスタイルというものが確立されてしかるべきであろう。でも、直枝はいまだに自分の追い求めるサウンドに苦悩し、心が激しく揺らぐ。音楽が何であるのかつかんでいるようで捕らえられない。その姿はミュージシャンというよりも求道者。“音楽”の真理にたどりつかんとする彼の精神がやがてサウンドとなり、詞となり、一曲の楽曲となる、その瞬間を映画は明確にフィルムへと焼き付けている。
注目すべきは手がけた牧野耕一監督。彼は東京スカパラダイスオーケストラのツアーを追った『SMILE~人が人を愛する旅~』をすでに発表している、音楽業界で主に活躍する映像作家だ。でも、彼が音楽業界にいるなしは関係ない。それほど、彼の取材力と表現手法はドキュメンタリー作家としての才能を感じさせる。正直、これほど対象者に飛び込め、なおかつある程度の中立をたもちながら表現できる作家はそうそういない。おそらく、彼は対象者がミュージシャン以外、それこそ一般人でも同じような作品を作り上げる。その才能の今後に注目したい。
(関連リンク)
『カーネーション/ROCK LOVE』公式サイト
http://columbia.jp/rocklove/index.html
『カーネーション』公式サイト
http://www.carnation-web.com/
※11月24日(土)~12月7日(金)まで吉祥寺バウスシアターにてレイトショー
posted by hoga01 at : 11:30 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年11月09日
恒例! 映画芸術主催“映芸マンスリー”開催迫る!!
戦前から続く映画雑誌「映画芸術」。同誌が主催する“映芸マンスリー”にて、昨年12月に公開されたピンク映画「ETUDE(=公開タイトル「うずく人妻たち 連続不倫」)」が上映される。ある事情から一度は関係を清算し、十年後、思い出の旅館で再会してしまう小説家と人妻の愛の行方を追うメロドラマで、新東宝映画のプロデューサー福原彰氏(11月の新作「裸の女王 天使のハメ心地」では、脚本を担当)の監督デビュー作。当日は上映のほか、福原氏を迎えてのトークショーもあり。成人映画館ではなくバーが会場になっているから、ピンク映画初心者の女性でも気軽に参加できそう。定員40名につき、確実に参加を希望する人は事前の予約をお忘れなく!
日時:11月12日(月) 18時30分開場/19時開映
*各回オープニングトーク(ゲスト/野村正昭)
*本編上映後(本編62分)、ゲストトーク(45分程度)
会場:シアター&カンパニー“COREDO”
入場料:1500円(1ドリンク付き)
予約・問い合わせ:「映画芸術」編集部
電話・FAX:03-3350-6877
メール:eigei@mm.neweb.ne.jp
「ETUDE(=公開タイトル「うずく人妻たち 連続不倫」)」
監督・脚本/福原彰
出演/岡田智宏 佐々木麻由子 里見瑤子 中村方隆
<関連サイト>
シアター&カンパニー「COREDO」
http://www.tc-coredo.join-us.jp/
posted by mtoda at : 11:30 | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年11月06日
『愛の予感』 TEXT by 水上賢治
国際映画祭の常連として海外で高い認知度を誇る小林政広監督による本作は、ご存知のようにスイス・ロカルノ映画祭グランプリ受賞作品。同級生の少女により娘を殺害された父親と、その加害者の母親とが偶然にも出会い、心を寄せていく過程が描かれる。

(C)2007 MONKEY TOWN PRODUCTIONS
どうしても一見すると、犯罪被害者と加害者の愛という現在もしかしたら最もタブーな題材に目がいきがちなのは確か。だが、その賛否を呼びそうな物語以上に、小林監督の到達した映像表現に圧倒され、目を奪われる。
この映画は、冒頭と最後を除いては、セリフが一切ない。運命の悪戯で出会ってしまった犯罪被害者の父親と加害者の母親という両主人公の表情やしぐさ、行動のみが2人の関係を物語る。つまりのところ俳優の肉体と周囲の風景だけが武器。必要な情報がほしいときにタイミングよく出てくる現在の大半の映画とは、眞逆の演出法といっていい。
でも、作品と真摯に向き合った主演を務める小林監督自身と渡辺真起子の動作は、どんな計算しつくされた綿密なセリフよりも何よりも、その瞬間に沸き起こる互いの感情を雄弁に語り尽くす。言葉を排除してその場の状況と登場人物の感情を、これほど説得力をもって伝えきってしまう映像は、そうはお目にかかれない。映画の映像と表現がもつ魔力とパワーに改めて気づかされた。
こういってはご本人に失礼に当たるが、今回のロカルノ映画祭受賞での報道で初めて小林監督の存在を知った人も多いのではないだろうか。それほど海外に比べ、小林監督の評価は日本では低すぎる。活況が伝えられる日本映画界だが、こういった作品がまっとうに評価されてこそ、真の豊潤な時代に突入する気がする。
(関連リンク)
『愛の予感』公式サイト
http://ainoyokan.com/
※11月24日よりポレポレ東中野にてロードショー

