2008年03月28日

『接吻』 TEXT by 水上賢治

 昨年末に行われた東京フィルメックスでこの作品を観たとき、言葉でいい難い衝撃を受けた。そして今年に入ってプレビューで今一度観たとき、その衝撃は薄らぐどころかさらに高まった。あくまで私的な意見に過ぎないが今年の日本映画を語るとき、必ず壇上に上がらなくてはならない1本。“衝撃作”という触れ込みにふさわしい久々の“衝撃作”だ。

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 調子のいい同僚から仕事を押し付けられるといった、周囲からいいように使われるタイプのOLが、無差別殺人犯にシンパシーを感じ、それはやがて恋愛感情へと変わっていく。もちろん、この大胆な設定のストーリーもひとつの衝撃。だが、個人的にはなによりも映画の緻密さに驚かされた。物語、映像、設定、展開など、とにかくこの映画を構成しているものすべてに無駄が一切ないのだ。“無駄”とすると語弊があるかもしれない。なんといえばいいか。そう、それこそ役者のちょっとしたしぐさや背景にまでしっかりと意味や定義づけがされている。なので、瞬きすることも許されないとまではいわないが、一瞬たりとも油断することは許されない。それほど、緻密に考え抜かれた映像と言葉がワンシーンに克明に刻まれているのだ。

 あまり詳しく書くと映画の楽しみが減るので大雑把に触れるが、小池栄子が演じる主人公の京子は、部屋に入るとき、きっちりと同じ行動をする。何の気なしに観るとごくありふれた行動なのだが、これは彼女の性格を決定づける象徴。万田邦敏監督はこういった仕事を細部に渡って怠っていない。よって、この仕事を目にした受け手は、しらずしらずのうちに登場人物の性格や心境を脳裏に刷り込まれている。言葉だけで語られたとき、おそらく京子という人物はほとんどの人が“モンスター”と受け止めることだろう。だが、実際、彼女を目にしたとき、大半は人間離れした虚構の人物と思わないはず。なぜなら、物語を追う中で彼女の心境が痛いほど手にとるようにわかるから。きっと彼女を自分たちと大差ない血の通った人間として感じるに違いない。

 だが、これだけ繊細な人物描写とストーリーテリングを施しておいて、万田監督がラストに用意する主題の“接吻”は、良い意味でその緻密さを台無しにする。こちらを嘲笑うかのようにぶっこわす。この衝撃は計り知れない。

 もうひとつ触れておきたいのは、この映画は濃密な一対一の会話劇でもあること。この会話で交わされる言葉にも無駄が一切ない。鋭利な刃物のように研ぎ澄まされたセリフが俳優たちの口から魂を得た肉声となって、こちらへ放たれる。言葉によっては痛い。グサグサと否応なしに胸に突き刺さってくる。これほど選ばれた言葉がならべられたドラマも近年稀といっていい。

(関連サイト)
『接吻』公式サイト
http://www.seppun-movie.com/
※ユーロスペースにて公開中。全国順次ロードショー

投稿者 mtoda : 22:26 | コメント (0) | トラックバック (0)

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