2008年01月28日
『すみれ人形』 TEXT by 水上賢治
人形が相棒の孤独な青年腹話術師が、右手だけを残して失踪した妹を探し続ける。もう、この概要だけである種の不気味さと異色な臭いを感じとれるに違いない。人間の狂気と異形の愛。長編デビューとなる新鋭、金子雅和監督が手がけた本作は、そんなタブー視されがちなテーマに果敢に挑んだ意欲あふれる1作だ。

金子監督は1978年生まれ。映画美学校フィクションコースに進み、そこで瀬々敬久監督の指導を受けたという。今回の作品は、その瀬々監督の監修による同校の卒業修了制作作品となる。そういわれるとそこかしこに瀬々監督の影響を感じるのは確か。特に人間の誰しもが心の奥底に眠らせている残虐性や、一瞬の歯車の狂いで転落していく精神の弱さを炙り出す物語の世界観は共通点を見い出せる。
だが、それはこちらの勝手な粗捜しに過ぎない。なぜならこの作品は、金子雅和という監督の放つオリジナリティーがそれらの影響を軽く上回るからだ。中でも目を奪われるのが、その独特の映像感覚。官能的であり、退廃的でもある映像は、見る者を見世物小屋ともいうべき猥雑さと夢の世界が混在するファンタジック・ワールドへと誘う。ロケ先も“こんな場所があるのか”というほど、この世とはまた別世界ともいうべき幻想的な風景ばかり。聞くとロケーションには相当なこだわりがあるようで、すべて監督自身が足で稼いで、ようやく発見した場所だという。その納得のロケーションで切り取られた映像は、物語の残虐さや暴力性と相反するようにどこまでも儚く美しい。その映像だけでも一見の価値あり。これだけ映像美を感じさせる新人監督との出会いは久しく記憶にない。
(関連サイト)
『すみれ人形』公式サイト
http://www.sumireningyo.com/
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投稿者 mtoda : 21:22 | コメント (0) | トラックバック (0)



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