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 役者・勝新太郎から全身表現者・カツシンへの転換はいつ、どこで行われたのか。デビュー以来、大映という会社の下でずぶずぶの娯楽映画づくりに明け暮れていた男が、初監督『顔役』で鮮やかにみせたラディカルな映画作家ぶりは、果たしてどうやってなされたのか。今もって勝新史上最大の謎だろうが、ただひとつだけ、ある人物との出会いがそこに大きく関与していることだけはいえるだろう。その名は勅使河原宏。いうまでもなく、「前衛」の親玉みたいな映画作家である。

 たまたまバーで飲んでいた勅使河原宏に、勝新がすうっと近づいてきたのが出会いだという。その数歩の歩みの間に、勝新は役者の狭い枠を抜け出して、新しい世界に足を踏み入れてしまったのではないか。

 『落とし穴』(62)、『砂の女』(64)、『他人の顔』(66)と続いた勅使河原と作家、安部公房とのコラボレーションは第4弾『燃えつきた地図』(68)において、勝新太郎を主演に迎えた。失踪者の行方を追う興信所の探偵がさまざまに奇怪な人間模様に巻き込まれ、都市のなかで次第に自らのアイデンティティーを見失っていく不条理な物語は、これまでの勝新の映画のどれとも似ていない。言葉よりも拳骨、思索よりもキックのほうが似つかわしい人物ばかりを演じてきた勝新はここで、都市の傍観者として漂泊するだけなのだ。

 「『悪名』『座頭市』『兵隊やくざ』――こういうプログラム・ピクチャーというのかな、これは、ま、いってみれば拘置所で出てくるメシだナ。出てくるんだから、それを食べるよりしようがない。それで時どき、『燃えつきた地図』みたいなわけの分からないもの、やりたくなっちゃう」(「市川雷蔵とその時代」室岡まさる編・徳間書店)

 フィルモグラフィでいえば、この映画の直前に公開されたのが大映作品『とむらい師たち』(69)であることに注目したい。野坂昭如原作、藤本義一脚本のこの映画もまた、まことにけったいな異色作である。三隅研次には珍しい現代劇で、おびただしい死を商売にした男たちが巻き起こす狂想曲がけたたましく描かれる。ラストで勝新がこの世の終わりを覗く本作や『燃えつきた地図』と、明らかに勝新は大映の映画スターの枠組みから脱皮しようとしていた。

 そして『燃えつきた地図』に出演した経験、ひいては勅使河原との出会いが勝新をして映画を撮らせる決意をさせたのだろう。1年後、勝新は初めての監督作『顔役』を発表する。テレビ版『座頭市』の撮影現場を追った勅使河原演出のテレビドキュメンタリー『われらの主役』のなかで勝新は、インタビュアーでもある勅使河原にこう語っている。

 「おれが映画を撮れると思ったのは、テシさん(のおかげ)なんだよね。(中略)こういう撮り方なら、おれも映画が作れると思った。(中略)おれとテシさんじゃ、ものの見方がまるで違う。おれにしてみりゃ、テシさんはなんてつまんないものに興味を示すんだろうと思う。おれは面白いものしか見ないからさ。でも、つまんないものを見なけりゃいけないんだよね」

 『燃えつきた地図』の翌年、勝新は初めての監督作『顔役』(71)を発表。規律破りのハミダシ刑事が、警察と癒着した暴力団の妨害に抵抗しながら、信用金庫の不正融資事件に挑んでゆく、というストーリーは一応ある。脚本は黒澤明作品で知られる菊島隆三と勝新自身。物語の骨格は菊島が書いた黒澤作品『野良犬』(49)を引くまでもなく、刑事ドラマとしてはありふれたものだ。

 だが、手持ちキャメラの不安定な映像が全編を覆う『顔役』において、物語は解体されつくす。広角レンズで捉えた登場人物たちの眼球の動き。水虫の足の指の間を狙う極端なクロースアップ。太陽の照りつける白昼の電車通り、腹を刺された男が血だまりのなか、ふっと崩れ落ちるロングショット。色の使い方、ガラスや鏡へのこだわりなど、『燃えつきた地図』の影響が色濃く伺えるが、映像と音響の実験はそれ以上に大胆で刺激的だ。家族連れの乗用車が追突される事故の場面。狙撃された暴力団組長の傷口から弾丸を摘出する手術のとき、刺青の入った肩から血が溢れ、メスと弾丸がカチャカチャ耳障りな音を立てるリアリズム。

 リアリズムといえば、タイトルバックの冒頭の花会や、実兄・若山富三郎が特別出演するやくざの手打ち式を捉えたドキュメンタリータッチの描写には、見てはいけないものを見てしまったときの不穏な空気が充満している。これまでにやくざ映画で何度も何度も登場したシチュエイションだが、未だかつてこんなふうにヤバめに描いた映画はなかった。聞けばそれも当然で、勝新のリアリズム志向は、本職のアドバイザーに協力を仰いだものだった。恐るべし。艶然と微笑むストリッパーやゴミがぶちまけられた汚い街頭でぶつぶつ呟くホームレスもまたしかり、だろう。河口のヘドロを浚渫(しゅんせつ)作業するパワーショベルをロングで、あるいは逆光も眩く俯瞰で捉えたショットがフラッシュバックで短く繰り返される場面が印象的だが、ゴダールの『彼女について私が知っている 二、三の事柄』(66)で執拗に描かれる工事現場の描写にも似て、街の顔の秀逸なドキュメンタリーでもある。パリと大阪ミナミの共鳴。

 キャメラ・イコール・万年筆どころではない。対象を捉えるキャメラはここでは勝新の眼そのものだ。勝新の研ぎ澄まされた五感がキャメラそのものとなっている。やくざの山崎努のニヒルなふてぶてしさ。その情婦の太地喜和子のときにおびえたように、ときにしどけなく誘う目つき。捜査会議中に不気味によろめく大滝秀治。役者たちの一挙手一投足を見逃すまいとする勝新の視線。キャメラはeyeであり I である。

 『顔役』は大映、日活の両社が経営の行き詰まりを安易な提携で解消しようとした併給機構、ダイニチ映配で配給された。撮影所システムの終わりを予告していたダイニチ映配は時代の仇花にすぎなかったが、その終焉に至って『顔役』のような映画が現れたのは、なんとも皮肉な事態であった。娯楽映画一筋の役者が、規制の映画文体をぶっ壊す面白さ。しかし、これはただの役者の自己満足ではない。撮影の牧浦地志、美術の西岡善信、照明の中岡源権、編集の谷口登司夫と、大映京都撮影所の精鋭スタッフがサポートする勝新と仲間たちの真剣な遊びだった。


ふたりのK、勝と北野。
あるいは暴力という主題


 『顔役』で開花させた勝新の監督としての才能は、『新座頭市物語 折れた杖』(72)でも遺憾なく発揮された。自家薬籠中のものである『座頭市』シリーズを初めて監督した勝新の演出は、伝統と前衛の幸福な結婚というべき斬新さをみせる。老婆が吊り橋から落ちるフラッシュバックのモンタージュ。一瞬で勝負がつく殺陣の凄みと、豪雨のなかで斬り結ぶチャンバラの醍醐味。きめ細かく描かれる登場人物たちの感情の振幅。

 なかでも心惹かれるのは悪党どもの生態である。親分の小池朝雄、代貸の藤岡重慶、用心棒の高城丈二をはじめ、ちんぴらたちに至るまで、この映画に登場する悪役には遠慮というものがない。村人たちからいかさま賭博で金を搾り上げた挙句、借金のカタに押さえた舟に火を放ち、抵抗する村人たちはなますのように切り刻まれる。年端のゆかぬ子供とて容赦はせず、額から血を流した少年の亡骸は砂に埋もれる。悪徳商人と結託して漁村を一手に支配しようとする彼らの非道な振る舞いは、『座頭市』シリーズのなかでも比類のない酷さだ。時代劇の装いこそあれ、ここで勝新がまっすぐに見据えているのは、この世のなかの不条理な暴力そのものである。非情な暴力描写が過激さを増し、痛みを増すほどに、人間の汚濁や醜悪さが抉り出されてゆく。

 ここで唐突に北野武の名が連想される。何も新旧『座頭市』の比較をするまでもなく、さりとて、内田裕也や片岡鶴太郎といった、まんざら因縁浅からぬ面々と並んで、北野武ならぬビートたけしが89年版『座頭市』に登場していても何の違和感もないというばかりではなく。一貫して暴力を重要な主題に置く彼の諸作の相貌は、なんと勝新の映画によく似ていることか。北野武が初めて監督した『その男、凶暴につき』(89)を観たとき、何やらデジャヴュを覚えたのは筆者だけではあるまい。ともに暴力刑事を主人公に据えた『顔役』と『その男、凶暴につき』は、既成の映画文体にとらわれない、自由な映画づくりという点で通底する。『顔役』は北野武が世界的な評価を受ける、撮影所以後の時代の到来を予告していた。たぶん、それがちょっと18年ばかり早すぎたのだろう。

 老婆が吊り橋から落ちて死んだことに負い目を感じた市は、銚子の漁村に足を踏み入れ、女郎をしている老婆の娘(太地喜和子)を捜し出す。イカサマ博打で金をつくった市は女を身請けするが、よかれと思って助けた市の心の裡にある贖罪と裏腹の欺瞞を鋭く見抜いた女は、「それじゃ誰のためでもない、自分のためじゃないか」と言い放つ。市はこのあと、悪玉一家の計略によって両手を銛で潰されるが、すでにこのとき、女の言葉によって受けた衝撃で、心の杖は折れていたのだ。市は血まみれになりながらも悪党どもを打ち倒すが、空虚な心を抱えたまま、あてどなく浜辺をさまよう市の姿でこの映画は終わる。正義と暴力、綺麗事と汚い暴力。シリーズの回を重ねるごとに超人と化していった市がもう一度人間として生き直すために、この映画は勝新にとってどうしても必要だった。次作『新座頭市物語 笠間の血祭り』(73)で久しぶりに故郷の笠間に戻った市は幼馴染の裏切りに遭い、手酷い仕打ちを受ける。これまでも友を、兄を、師匠を、自らの手で屠ってきた市は幼馴染を手にかけてしまう。この映画でいったん映画シリーズは終了し、ついに故郷までも失った市の流浪の旅は、テレビへと引き継がれていった。




■座頭市全集 巻之壱

発売:角川大映
¥30,000(税別) 
各¥4,700(税別)


『座頭市物語』
監督:三隅研次
出演:勝新太郎 天知茂 万里昌代
1962年製作

『続・座頭市物語』
監督:森一生
出演:勝新太郎 城健三朗(若山富三郎) 水谷良重
1962年製作

『座頭市兇状旅』
監督:田中徳三
出演:勝新太郎 高田美和 成田純一郎
1963年製作

『新・座頭市物語』
監督:田中徳三
出演:勝新太郎 坪内ミキ子 河津清三郎
1963年製作
『座頭市喧嘩旅』
監督:安田公義
出演:勝新太郎 藤村志保 島田竜三
1963年製作
『座頭市千両首』
監督:池広一夫
出演:勝新太郎 城健三朗(若山富三郎) 坪内ミキ子
1964年製作

■座頭市全集 巻之弐

発売:角川大映
¥30,000(税別) 
各¥4,700(税別)


『座頭市血笑旅』
監督:三隅研次
出演:勝新太郎 高干穂ひづる 金子信雄
1964年製作

『座頭市関所破り』
監督:安田公義
出演:勝新太郎 高田美和 平幹二朗
1964年製作

『座頭市地獄旅』
監督:三隅研次
出演:勝新太郎 成田三樹夫 林千鶴
1965年製作

『座頭市あばれ凧』
監督:池広一夫
出演:勝新太郎 久保菜穂子 渚まゆみ
1964年製作
『座頭市二段斬り』
監督:井上昭
出演:勝新太郎 坪内ミキ子 三木のり平 小林幸子
1965年製作
『座頭市逆手斬り』
監督:森一生
出演:勝新太郎 藤山寛美 滝瑛子
1965年製作

■座頭市全集 巻之参

発売:角川大映
¥30,000(税別) 
各¥4,700(税別)


『座頭市海を渡る』
監督:池広一夫
出演:勝新太郎 大楠道代 五味龍太郎 山形勲
1966年製作

『座頭市鉄火旅』
監督:安田公義
出演:勝新太郎 藤村志保 青山良彦 藤田まこと
1967年製作

『座頭市血煙り街道』
監督:三隅研次
出演:勝新太郎 近衛十四郎 高田美和 朝岡雪路
1967年製作

『座頭市の歌が聞える』
監督:田中徳三
出演:勝新太郎 天知茂 小川真由美 佐藤慶
1966年製作
『座頭市果し状』
監督:安田公義
出演:勝新太郎 野川由美子 志村喬 待田京介
1968年製作
『座頭市喧嘩太鼓』
監督:三隅研次
出演:勝新太郎 三田佳子 佐藤充 西村晃
1968年製作
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