第4回「ミニシアターのつくり方」
第3回「チェコ&ロシア・アニメの魅力」
第2回「復活!鈴木清順」
第1回「増村保造が観たい!」
第0回「デジタル・シネマが映画を変える?」


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2001.5.2 UP DATE




PROFILE
1923年東京都生まれ。本名は鈴木清太郎。48年に松竹大船撮影所に助監督として入社し、『朱唇いまだ消えず』('49/渋谷実監督)で初めて監督助手としてつく。54年に日活撮影所に移籍し、『黒い潮』('54/山村聰監督)、『落日の決闘』('55/野口博志監督)などにつく。56年、『港の乾杯 勝利をわが手に』で鈴木清太郎の名で監督デビュー。第8作『暗黒街の美女』('58)から鈴木清順と改める。67年に第40作『殺しの烙印』を撮るが、当時の日活社長・堀久作を「わけのわからん映画」と激怒させる。翌68年、日活から解雇を通告され、それを不服として日活を告訴。鈴木清順共闘会議が結成されるなど、この解雇事件は大規模な抗議デモにまで発展した。71年に日活と和解。77年、『殺しの烙印』から10年ぶりとなる新作『悲愁物語』を発表。続く『ツィゴイネルワイゼン』('80)がベルリン国際映画祭で審査員特別賞などを獲得。この後、『陽炎座』('81)、『夢二』('91)を撮り、“大正浪漫三部作”が完成。93年、3話オムニバス『結婚』に参加し、『陣内・原田御両家篇』を手掛ける。また、俳優としてテレビやCMでも活躍している
  “わけのわからん映画!”
挑発し続ける異端の巨匠


 前作『結婚』('93)からはや8年、単独監督作品としては『夢二』('91)以来じつに10年ぶりとなる待望の新作『ピストルオペラ』。その完成が目前に迫り、映画界の注目を一身に集める巨匠・鈴木清順。今や彼の名は海外にも広く知れわたり、ジム・ジャームッシュ、ウォン・カーウァイ、クレール・ドゥニ、アルノー・デプレシャンら、名だたる映画監督たちをも刺激していることは有名だ。そんな彼の貴重な旧作28本を紹介する大規模なレトロスペクティヴ<STYLE TO KILL>が、このほど東京・テアトル新宿でスタートした。また、これと平行して『ツィゴイネルワイゼン』('80)、『陽炎座』('81)、『夢二』の“大正浪漫三部作”を順次上映する<DEEP SEIJUN>も、全国に先駆けて名古屋・シネマスコーレで幕を開けた。おそらく今年、2001年は“清順イヤー”となることは間違いない。

 プログラムピクチャー全盛の日活に籍を置き、その制限された状況のなかで異彩を放った鈴木清順。彼の演出の特徴は、原色を使った鮮やかな色彩、時空間を超越してしまう場面転換、登場人物たちの意味不明な言動…など。そのため、ことあるごとに“荒唐無稽な演出”などといわれてきた。その顕著な例が、『殺しの烙印』('67)を目にした(当時の)日活社長が「わけのわからん映画」と激怒し、一方的に清順のクビを切った解雇事件だ。無論、このような暴挙は絶対に許しがたいが、こと清順の映画を“わけのわからん映画”と断じたことに関しては、じつはこれほど的を得た表現もない。このことは、ビデオなどで反復観賞が可能となった現在においても覆らない。そして、清順の映画を論理立てて説明することなどは、まったく無意味な作業であることを肝に銘じておくべきだ。

 繰り返すが、鈴木清順が10年ぶりに映画を撮っている。奇しくもこの状況は、『殺しの烙印』で日活をクビになり、10年ぶりに新作『悲愁物語』('77)を発表したときと同じ状況といえなくもない。だが、われわれは、あの時に“これが清順の映画?”と味わった居心地の悪さを忘れてはならない。そう、彼に対しては、こちらの身勝手な期待は禁物なのだ。だが、そうはいってはみても、無視などできるはずがないのが映画作家、鈴木清順たるゆえんであろう。

 今回の特集では、“清順研究”の第一人者である上野昂志氏による評論、厳選した6作品のレビュー、そして新作『ピストルオペラ』の詳報などを掲載し、鈴木清順の魅力を深く掘り下げていく。

C O N T E N T S
 Part1. 評論 『2001年、鈴木清順が撃つ』 上野昂志
 Part2. 作品レビュー 『すべてが狂ってる』 桑野仁
  『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』 杉森直行
  『ツィゴイネルワイゼン』 木全公彦
  『東京流れ者』 木全公彦
  『陽炎座』 桑野仁
  『夢二』 杉森直行
 Part3. 新作情報 最新作『ピストルオペラ』製作発表&特報
編集・構成/編集部


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