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プロローグ「見ることよりほかに」
第1回 「平壌ドボン」
第2回 「パレスチナの青い空」
第3回 「哀しき熱帯」
第4回 「愛すべきならず者たち」
第5回 「平壌でボッタクリ-崩壊か開放か」
特別編 「水汲みロイちゃん〜アフガニスタン・カブール陥落に思う〜」
第7回 「誰も俺たちを撃たない」
第8回 「NGOは誰のため?」
第9回 「アフガンは笑う」
第10回 「私の中のテロリスト」
番外編 「パレスチナから帰ってきました」
第11回 「ローマの休日」
第12回 「クナシリ漂流」
第13回 「世界でいちばん憂鬱な場所」
第14回 「極寒でも太陽政策・平壌で二日酔い」
第15回 「続・極寒でも太陽政策・平壌で二日酔い」
第16回 「『戦争の実相』(4/20)/『普通に豊か』(5/23)」
第17回 「どこまでも太陽政策・私たちと違う場所(6/15)」
第18回 「『終わらない夏』-父の書斎にて」

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2004.1.14 UPDATE



後藤和夫
text by Kazuo Goto



  


ハンドルを握り、独り悦に入っている私を家族が笑う。
素敵だね、パリ。


Ж 昨年12月。映画『キル・ビル』の看板がやけに目立つパリ市内で、私はハンドルを握っていた。パリではいつも運転する。妻と二人の娘を乗せ、久しぶりのマニュアル車のギアーを必死でチェンジさせていた。クリスマスのイルミネーションのシャンゼリゼ通りを、怪しい娼婦たちが木々の陰にたたずむブローニュの森を、私はガイドよろしく走り回った。
「何でいまどきマニュアル車?」
「何でも便利になったけど、車ぐらいは自分で運転しているという感じでいたい。フランス人の頑固さ、かな。」

パリの駐車の仕方も大好きだ。安ホテルには駐車場なんかない。狭い道に車がひしめき合って止まっている。わずかなスペースを見つける。無理やり縦列駐車を決める。前後の車のバンパーにゴリゴリと車体をぶつけ押し込む。
「こんなにぶつけても怒られないの?」
「バンパーはぶつけるためにあるんだ。パリでは当たり前」
「素敵だね」
そう、素敵だ。パリは素敵だ。
私はパリではいつも天才ドライバーだ。気狂いじみた車のラッシュ、ひとたび躊躇したら抜け出すことのはなはだ困難な凱旋門をぐるっと周り、さっと目的の通りに抜け出すのもお手のモノ。「見たか天才ドライバーの技を!」
独り悦に入っている私を家族が笑う。邪魔をする車には「キル ビル!!」と叫ぶ。

「フランスにはコンビ二ないの?」
「ない。パンはパン屋。ワインはワイン屋。ケーキはケーキ屋。個人の店がそれぞれの個性でやっている。近所の人はそこで買う。画一化されたコンビニで買うなんてフランス人の魂が許さない」
「素敵だね」とまた娘が言う。
埼玉の実家でもこんな話をした。亡き父はいつも御用聞きに来る酒屋から酒を取っていた。
娘「スーパーのほうが安いのにね」
母「地元の酒屋さんから多少高くても買ってあげる、それがその地域に住む人の務めなんだ、といつもじいちゃんは言っていたよ」
娘「素敵だね」

そんな酒屋も安売り酒屋チェーンの進出でつぶれて久しい。近所の酒屋や豆腐屋でその日必要なものを買うなんていう光景はもはや日本ではなくなった。ヨーロッパにはまだそれが生きている。
そう。フランスに来ていつも感じるのは、同じ大都市であっても東京とは違う空気を感じることだ。マックに吉野家に、セブンイレブンにファミマー。どこに行っても、それが地方であっても、なんとも画一されたミニ東京化された日本にうんざりしている自分が、ひと時解放された気になるのだ。ノルマンディー。ディジョン。ロワール。地方に行けば地方の顔がちゃんとあり、そこにはそこの文化とそれを愛する人がいる。たとえそれが異邦人の見た幻想だとしても。少なくとも日本の地域性とは異質なものがそこにある。
安っぽい利便性に支配された時間と空間、逃れられない繁栄という名の幻影の住人であることからのひと時の開放感。それが、「見たか天才ドライバーの技を!」の雄叫びとなる。
デジタルからアナログに変換された快楽というものがある。
それに快感を覚えている自分の変態性をかすかに自覚しつつ。


パリを中心とした数日間の家族旅行。しばらくはできないだろうなあ、と私は考えていた。

今年からは違った生活になる。もうここ数年過ごしたことのない時間を送ることになる。





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