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2002.8.7 UPDATE

後藤和夫
text by Kazuo Goto

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砂漠にてスイカを食う。見ていたのはラクダだけ。 |
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リビア。俺は「どれほど不自由なのか」と
自虐的わくわく感でいっぱいだった
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Ж暑い。北上してきたのにどうしてこんなに暑い?
6月17日。リビアのトリポリから早朝便でローマに着いた俺はクラッと眩暈を感じた。
遠く極東の地でW杯が沸き立っているからか、サッカー好きなイタリア人の熱狂がこの石造りの町をヒートアップさせているのか。
その暑さに加えて眩暈を誘ったのは、ローマの町を埋め尽くす観光客たちだった。
世界中の大学生が夏休みに入ったのだろうか。トレビの泉、スペイン広場、どこも芋洗い坂と化していた。
しかし、眩暈の原因は人の多さのせいではなかった。
町を行く女性の肌の露出度のせいだった。ヘソ出し、半尻出し、下臀部出し、胸割れ(豊満な胸の割れ目を見せ付けるのも刺激的だが、胸近くまで切り上げたTシャツの下からこぼれる胸の下半分見せは犯罪的ともいえる)、ナマ脚ナマ腿、下着なのかタンクトップなのか、何よその布っキレ、そんなに見せたいなら、「モーお前ら裸で歩け」と叫びたいほどだった。
ローマが暑いのは気温のせいじゃない。男たちの欲情のせいに違いない。
断言してもいい。この夏ローマの性犯罪率は過去最高を記録したに違いない。
しかし、それほど自由気ままに肌を露出し、石畳を胸を張って闊歩する近代女性たちの多くが、その肩に余計な紐を見せていた。ブラ紐である。見せブラである。何でやねん。あんたら解放されとんのやろ。その肌見せは自由の象徴やろ、ほならなんで、古代ローマの彫像のようにノーブラせんのよ。うわべだけ自由装ってても、何かに縛られている証拠やないの。アカン、見せブラは。ミットモナイ。日本でもそ―でっせ。ワシャ、見せブラみると「猥褻」ってな言葉思い出しますねん。
いきなり宣言しておくが、私はネクタイと見せブラには反対です。人生50年、これま
で極力ネクタイを避け、勿論ノーブラですごしてきた俺としては、なぜ人間が自分の体を
縛るものを愛用するのかわからない。女性たちよ、束縛とブラからの解放を目指せ!! |

トレビの泉の前で。ローマの休日だが、ただただ暑苦しかった。 |
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Жと、ほとんどスケベ親父のたわ言を吐いたのにはわけがあった。ローマで眩暈がしたのにはわけがあった。
乗り継ぎのためのローマでのたった1日の休日。それ以前はイスラムの教え厳格なるリビアに10日間いたからなのだった。リビアでは女性は肌を見せない。もちろん見せブラなんぞは間違ってもない。町に出ていても圧倒的に男ばかり、レストラン、お店、婦人服や婦人靴の店も店員は男ばかり、100人歩いていれば、そのうち女性は一人か二人だ。それも肌の露出は手先と足先だけ。頭にはショールを巻き、長いドレスに長袖、カメラを向けると恥ずかしそうに顔を背け、他者との接触を極力避けるかのような立ち振る舞い。笑顔を返す暇も与えてくれない。
そうした環境の中で俺は男のドライバーと、これまた男のガイドさんと10日間過ごしてきたのだ。だからローマの休日は、ヒッチコックもびっくりの「眩暈」だったのだ。
久しぶりに欲望に満ち満ちた世界にもどった眩暈だったのだ。
Жリビア。どんなイメージをお持ちだろうか。
俺が知っていたのは、暴れん坊カダフィ大佐、パンナム機爆破テロ、ブッシュの命名による「テロ支援国家」、よくわからない国、その程度だった。イスラム国家というより、独裁国家、不自由な国、そうまるで北朝鮮? 悲しいほどの低知識だった。
民間交流団体ピースボートの船旅でリビアに立ち寄るという。頼まれた仕事もあるし、い
っちょリビアを見てみるかというのが今回の動機。
なにやらよく知らない国への不安感、それに追い討ちをかけるようにピースボートの上陸説明会では「単独行動はできません」「肌の露出した写真などは持ち込み禁止」「アルコール類も一切禁止」「警察や軍関係の建物の撮影禁止」「むやみに撮影禁止」と禁止のオンパレード。
ピースボートの乗船客は上陸したその日の夜に出航するというのに、リビア当局の船内チェックがあるので、船室にあるアルコールやヘアヌードが出ている週刊誌(週刊ポストとか)を鍵のかかる部屋に全部一時没収と大騒ぎだった。
こんな国に10日間も単独滞在したいなんて言ってしまったものだから、俺は「どれほど
不自由なのか」と自虐的わくわく感でいっぱいだった。
北朝鮮でもほとんどその不自由さに感動した俺だったが、こんどはどんな不自由が俺を待っているのか。おっ、首都トリポリが見えてきたぞ。説明会を思い出す。「港は撮影禁止です」うむ、そうだった。港は重要な軍事拠点。見てもいいが撮ってはならぬものがある。 |
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