Back Number
プロローグ「見ることよりほかに」
第1回 「平壌ドボン」
第2回 「パレスチナの青い空」
第3回 「哀しき熱帯」
第4回 「愛すべきならず者たち」
第5回 「平壌でボッタクリ-崩壊か開放か」
特別編 「水汲みロイちゃん〜アフガニスタン・カブール陥落に思う〜」
第7回 「誰も俺たちを撃たない」
第8回 「NGOは誰のため?」
第9回 「アフガンは笑う」









ガザの中学生3人が自爆覚悟の攻撃を仕掛けた
私は、この幼いテロリストを非難することはできない

Ж 4月の最終週、またしてもパレスチナでその現実を私は見た。
彼・彼女たちが自爆テロリストにならざるを得ない現実を見た。
私の滞在中、ガザの中学生3人が自爆覚悟の攻撃を仕掛け、イスラエル兵に射殺された。
彼らは、花火を改造した手製爆弾と斧やナイフを持っていた。
たしかに彼らは「テロリスト」だっただろう。
しかし私は、この幼いテロリストを非難することはできない。愛惜と「他の方法はなったのか」という、なんともやりきれない哀しみはあるが、「テロリスト」=「悪人」の範疇に入れることはできない。

 2週間以上にわたって、虐殺が行われていることがわかっていながら介入しなかったアメリカならびに西洋社会。完全破壊、大量の「無実の市民」の殺戮が判明してから、おずおずと「援助」を申し出た「成金ニッポン」、こうした国際社会に絶望と深い怨恨を抱いた人々がいる。
瓦礫の下から必死で息子の死体を探す年老いた母親の眼が望んでいたものは「自爆テロリスト」の誕生だっただろう。


Ж 世界の罪は思い。
「テロリスト」=「悪人」としてしまった世界の論調が彼らを引き返すことのできない絶望的な戦いの淵に追いやった。
国際社会がこの間に立ち「人間の盾」とならない限り、彼らの絶望は激しい「テロ」の続発を生むだろう。
パレスチナにおいて「テロリスト」は「絶望の淵から正義を叫ぶ孤独な殉教者」だ。誰がそれを断罪できるのか。
私にそれはできない。

 それを断罪したとき、私もまたテロリストの標的になることを覚悟しなくてはならないだろう。いや、すでに私たちはテロリストの標的になっていることを自覚する必要があるだろう。
自由と人権を謳いながら、着々と戦争の準備をするどうしようもなく愚かな指導者を選んでしまったのだから。
その愚考をへらへらと笑って見ているだけなのだから。自爆する勇気も切実さも持ちえぬ私は、今いかにして「私なりのテロリスト」になるか思案中である。  了   




「スロウトレイン」に掲載の記事・写真・カット等の無断転載を禁じます。© Works m bros.