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プロローグ「見ることよりほかに」
第1回 「平壌ドボン」
第2回 「パレスチナの青い空」
第3回 「哀しき熱帯」
第4回 「愛すべきならず者たち」
第5回 「平壌でボッタクリ-崩壊か開放か」
特別編 「水汲みロイちゃん〜アフガニスタン・カブール陥落に思う〜」
第7回 「誰も俺たちを撃たない」
第8回 「NGOは誰のため?」









平和を取り戻した喜びだって?
平和って言葉も知らないんじゃないの

Ж で、ここで戦争があったわけ? と不思議な感じになる。何で? という気になる。「水さえあれば何とかなる」、その水さえもわずかしかなさそうな、この乾ききった大地で人々は生きてきた。ただ生きてきた。自然と闘いながら。
その生活圏を脅かされると、共同体を守るためにアフガン人は勇敢に戦ってきたという。国のためなんかじゃない、自分の家族、自分の共同体を守るために。大きな敵には、その共同体がいくつか連合して戦ってきた。
そうした長い歴史をこの国の人々は生きてきた。あくまで、地方地方の部族として。

 それがいつのころからか、まあ、1970年代からなのだが、おかしくなってきた。
王政に反対する社会主義政権ができた。しかし、長いイスラム教農民部族社会は近代社会主義になじまない。政府よりも村の長老のほうが人々をまとめる。元々中央に従うなんて国家概念はない人たちなのだ。国はあっても、あくまで地方地方での共同体自立主義。だから押し付けには戦う。
1979年。ソ連が侵攻してくる。ソ連型国家の押し付け、古い部族社会が崩れる。いやだから戦う。この間のソ連のアフガンに対する殺戮はあまり伝えられていないが、歴史的犯罪といえる。各地で大虐殺が起こっている。
当然、戦う民アフガンの人々はジハードしちゃう。
ソ連が去る。
戦いの中から、各地で民族の違う集団ができる。中には、その集団を率いて国を統一しようなんて奴が出てくる。権力の奪い合いが起こる。内戦になる。
アフガンは、パシュトゥン人、タジク人、ハザラ人、ウズベク人など民族が入り混じっているので、それぞれの権力亡者が群雄割拠して、ソ連が去った1989年から1994年ぐらいまですさまじい内戦が繰り広げられた。一般市民も悲惨な目にあった。ある一派が来る。略奪、強姦を繰り返す。その一派が去るとまた別な一派が来る、また略奪、強姦、破壊、虐殺。多くの人々が、回りの国に難民として脱出した。脱出できた人々はまだいいほうで、そのためのわずかな金があったのだから、そうでない人々はじっと耐えた。
こうしためちゃくちゃな状況の中にイスラム神学校から生まれたタリバンが、パキスタンの後押しで進軍してくる。とにかく秩序の回復をめざす。略奪や強姦、破壊や虐殺の大地を平静に戻そうとする。そのために厳しいルールを作る。それは人々を不自由に縛ったかもしれないが、とにかく無闇に死ぬことはなくなった。
不自由さはあるが戦争はないというところまでやっと来た。
と思ったら、アメリカの空爆。アルカイーダ=タリバンということで、昨年10月から12月まで、今も一部の場所で、これでもかと爆弾を落としていった。


ソ連の戦車が街道のあちこちに置き去りにされている

Ж というわけで、アフガンには何もない。すべてが破壊されつくしている。特に首都カブールは悲惨だった。
元々たいしたビルはないのだろうが、ひとつとしてまともな建物がない。銃痕が残っていない壁はない。
建物の上の部分が平らなものがない。シルエットで見るとみんなギザギザの形で空に向かっている。その上の空の青さがここでは悲しい。
俺の少ない体験でも、これほど破壊された町を見たのは初めてだった。

 だが、町の人々はすこぶる明るい。笑顔が耐えない。
昨年、北部同盟がカブールに入った時、歓喜の表情で迎える人々の映像が流れたが、やはりあれは本当だったのだ。人々は喜んでいたのだ。
20年以上の戦火・抑圧から解放されて、やっと平和を取り戻した喜びだったのだ。

 だが待てよ、と俺は思った。カメラを向けると、ニコニコと笑顔で答える子どもたちを見て俺は思った。この少年たちは、どう見たって10代前半。となると生まれたのは1980年代半ばから1990年ぐらい。つまり、アフガンがソ連軍と戦い、その後内戦に明け暮れていたときに生まれた世代だ。その後はタリバンの圧政下で生きてきた少年たちだ。やっと平和を取り戻した喜びだって?
それは『平和な時代』を知っている者だけに通用する言い方じゃないのか?
この少年たちは平和な時代なんか知らないじゃないか。平和って見たこともなけりゃ、言葉も知らないんじゃないの。

 ここに来て俺は、平和ボケした近代資本主義の繁栄の国からやってきた、俺を含んだ外国人の勝手な言い草に気がついた。
「アフガンの人は、やっと取り戻した平和に喜んでいます」なんていうのは嘘っぱちだ。勝手な解釈だ。平和だと思っている国から来た人間の傲慢な言い草なのだ。
一度として平和なんかなかった国の人が『平和を取り戻した』などと言えるわけがないじゃないか。

 しからば、アフガンの笑顔とは何か?
なぜアフガンは笑っているのか。なぜ子どもたちはニコニコと手を振るのか。

 今回、俺はジャララバードという田舎と、カブールという一応ほかの場所に比べれば都会といえる首都で、この『アフガンの笑い』について考えた。


カブール。アメリカの空爆でやられた建物。軍事施設じゃないのに




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