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2002.5.17 UPDATE

後藤和夫
text by Kazuo Goto
タリバン政権の厳しい政策からは解放されたようだが…
そもそも『解放』って何なのよ |

アフガンの笑顔にすっかり混乱した俺。 |
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Ж 駆け足で、アフガニスタンに行ってきた。本当なら昨年の10月に行きたかったのだが、そのときは珍しくTV局の要請もあり、アメリカ同時多発テロの影響を取材に、パレスチナに行っていた。 気にはなっていたがアフガンに行く機会を逸していた。
で今回。NGO団体『ピースボート』のメンバーが視察に行くという。それに便乗。初めてのアフガン。
アメリカの空爆、北部同盟の侵攻、タリバン政権が倒れ、人々は解放された。それって本当? 俺はこの『解放』って奴にかなり懐疑的だった。それについては第6回『水汲みロイちゃん』で書いた。それを確かめるための旅だった。
でいきなり結論だが、本当であって、本当でない。タリバン政権が倒れて、タリバン政権の厳しい政策からは確かに解放されたようだが、それは、本当の『解放』なのだろうか、ということである。そもそも『解放』って何なのよ。
Ж アフガンにはパキスタンから入る。今回はイスラマバードから陸路ペシャワールに行き、ペシャワールから、また陸路、カイバル峠を越えアフガン入り、ジャララバードに行き、またまた陸路で首都カブールに入った。帰りも同じ陸路で帰ってきた。
普通、というか多くのメディアは、イスラマバードから国連機に乗って空路でカブールに入るのだが、なんとこれが片道600ドル! おいおい、聞けばアフガン人の給料は、すごくいい奴でも100ドルぐらいだぜ。それもタリバン後、国連関係や、外国資本の入ったNGOに雇われた恵まれた一部の人たちだ。一般庶民はとてもとても、地方なら、それで家が建ってお釣りが来るってもんだ。
こちとら貧乏、そして今回はこれまた貧乏なNGO『ピースボート』のメンバーと一緒だったので、節約の意味もあるが、陸路で見なくて何が分かる! の精神で陸路を選んだ。
しかしこの陸路、私としましてはかなり久しぶりの大悪路行。ジャララバード・カブールは200キロもないと思うのだが、曲がりくねった山間道路、アップにダウン、加えて路面ぼこぼこ、ところどころ落石、戦車放置、山賊注意というわけで、5時間かかった。イスラマバードから一気に行くとしたら、4時間、3時間、5時間で、計12時間揺られっぱなしのしがみ付きっぱなしとなる。帰りは、一気に帰ってきたことを考えると、帰国後内臓疾患で苦しむことになった(今も後遺症)原因は、この強行軍にあったと思う。とにかく胃も腸も踊りっぱなしだったのだ。
で、車中から見る光景はというと、岩山、岩山、砂漠、砂漠、乾ききった土色の大地、砂埃、石ころしかない川の跡、おおむねこんな風景が続く。これが3年に続く旱魃のためなのか、それとも元々こうした風土なのかは分からないが、何回も渡る橋らしい箇所の下が川床のように見えるところをみると(勿論チョロッとでも水は流れていない)、やはり旱魃は深刻だったようだ。時々村をパスすると緑の木々や田園が顔を出す。ほっとする。井戸があるんだな、灌漑してるんだな、水があってよかったなと思う。
そこに、泥粘土のレンガで作った砦のような村落がある。大地と同じ色。一瞬、人工なのか自然なのか分からないほど、土煙の中に混じっている。その大きな砦の中に、何世帯かが共同で暮らしている。アフガン人の多くは元々こうした部族単位で共同体を作り農業や放牧をやってきたという。
土地がある、人がいる、水がある、共同で使い、田畑を作り、羊を飼い、自給自足する。都会から来た者にとって、こうした風景は「何もないなあ、自然のまんまやなあ」ということになるが、ここではこれが当たり前の風景なのだ。 |

ジャララバードの難民キャンプ。乾燥した大地に10万人が住む |
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