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プロローグ「見ることよりほかに」
第1回 「平壌ドボン」
第2回 「パレスチナの青い空」
第3回 「哀しき熱帯」
第4回 「愛すべきならず者たち」
第5回 「平壌でボッタクリ-崩壊か開放か」
特別編 「水汲みロイちゃん〜アフガニスタン・カブール陥落に思う〜」






2001.12.28 UPDATE



後藤和夫
text by Kazuo Goto





「カメラ止めろと言っている、
いいからわからないように回せ!」


パレスチナの少年。モスクの外で、このあと投石にいく。「おい、死ぬなよ」

Ж そのだだっ広いコンクリート道路を歩いていたのは俺たち3人だけだった。
午後のけだるさを打ち破るように、乾いた銃声が「タン!タン!」と響いた。
次第に間隔が短くなり音が近くなってきた。あわてた。明らかに自動小銃の音だ。
白昼の銃撃戦だ。走った。「回せ、回せ!」とカメラマンに指示する余裕はあった。
検問所のイスラエル兵もあせっていた。「早く、早く!」と俺たちを検問所の建物に誘い込んだ。
銃撃戦はやまなかった。検問所の屋根に穴が開き、一部が落ちてきた。治安部隊が数人走ってきた。通過しようとしていた、俺たちや他の外国人、一般人に、「建物から出るな」と指示し、警備に当たった。
パレスチナゲリラとイスラエル軍の銃撃戦、激しい銃撃音が建物の中にいてもすぐ間近に聞こえた。
検問所の女性兵士はパニックになっていた。軍服を着、M-16自動小銃を持ってはいるが、彼女は2年の兵役で検問所の通行チェックの任務についている、まだ10代の女の子だった。足元を見ると、おしゃれなサンダルで、その不釣合いがおかしかった。

  顔面を蒼白にして、ドアの隙間から時たま外をのぞき、「信じられない、なんてこと!」とわめいていた。怖いのだ。当然だ、実弾が飛び交っているのだ。こんな任務に就かなくてはならないわが身と、イスラエルの現状を呪うかのように、彼女は怯えながらわめき続けた。
一方、同じ建物に避難したパレスチナ人の労働者たちは、それを見て余裕でへらへらと笑っていた。悠然とタバコをふかしていた。

  ここはイスラエル側の検問所だが、通行する人の荷物を運んだり、雑用をするのはパレスチナ人労働者だった。イスラエル側に雇われた何人かがイスラエル兵に混じって働いていた。
「ハマスか?タンジームか?」と俺がこっそり聞くと、にやりと笑ってウィンクした。
ハマスもタンジームもパレスチナの武装組織だ。
ハマスやタンジームの名を知っていること、日本人であること、パレスチナ自治区ガザから帰ってきたばかりのジャーナリストであること、それらを総合して、男は俺たちが味方であると思っているのだ。はっきり言ってそれはそんなに間違いではない。
そのウィンクは、パレスチナ側からの銃撃を応援するものだった。「やっちまえ」と語っていた。
検問所勤務の若いイスラエル兵が、「カメラを回すな」と言いに来た。カメラマンは英語ができないので俺が通訳する。
「カメラ止めろって言っている、いいからわからないように回せ!」日本語だから誰にもわからない。
およそ30分、俺たちは建物の中で銃撃戦の終わるのを待っていた。イスラエル兵がタバコをねだってきた。「メンソールだけどそれでもいいか?」「メンソール? お前メンソールがどんなタバコか知ってるのか?」「ああ知っている、だけど俺はあっちのほうが強すぎるからちょっとセーブしてるんだ。それにカミさんが求めてきたとき、メンソール吸いすぎで役に立たないと言い訳もできる」
俺のジョークにイスラエル兵は手を叩いて喜ぶ。
「お前いくつだ?結婚してるのか?」
「20歳だ。まだ独身だ」
「彼女いるのか?」
「ああ、いる」
「そうか、早く戦争やめて、彼女と遊びたいだろう?」
「ああ、早く除隊になりたいよ、終わったら日本に行きたい、日本はいいところだろ? 俺は日本が好きだ」

 俺たちはすっかりうちとける。銃撃戦の音を聞きながら、イスラエル兵とパレスチナ人労働者と日本人がささやかな歓談を持つ。銃撃の音と、笑い声、これが日常。
パレスチナとイスラエルはもう50年にわたって戦争している。50年以上も戦争とは無縁だった日本人が両方から慕われている。
イスラエル兵はパレスチナ人を軽蔑し、パレスチナ人はイスラエルを憎悪している。
たった今、外では双方が撃ち合っている。
やがて銃撃戦が終わり、俺たちは双方と握手してエレツ検問所を後にした。


市場の警備兵。10代の若者が多い。ネエちゃん、銃より似合うものがきみにはある

Ж エレツ検問所。
イスラエル側の国道が終わり、だだっ広い駐車場のようなところに行き当たる。
東名高速などの料金所をイメージしてもらいたい。
ここを抜けるとあちらは、パレスチナ人自治区ガザ。ヨルダン川西岸とガザが、一応パレスチナ人自治区となっている。ガザとヨルダン川西岸で国土のおよそ20%、80%はイスラエルが1948年の建国以来獲得してきた領土。1967年の第3次中東戦争でガザも西岸地区もイスラエルの占領下になったが、パレスチナ人の住む自治区とされている。
ガザとのボーダーに当たるのが、エレツ検問所だ。
イスラエル兵の歩哨小屋、パスポートチェック事務所、ガザ直前のチェックポイント、そこがまあ高速の料金所にあたると思えばいい。事務所でチェックを受けた俺たちは、てくてくと歩き、向こう側に行く。そこには、パレスチナ自治政府のパスポートチェックがあり、そこを抜けてやっとガザ入りとなる。タクシーが待っていて、俺を雇えと群がってくる。国連や、特別な許可のない車は通れないのだ。だから俺たちは歩く。荷物の多い人は、パレスチナ人労働者がポーターを買って出る。
人っ子一人民間人はいない。土産物屋もカフェもない。真っ白なコンクリートの間の抜けた空間。



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