『黒い賭博師』


 時代の閉塞感よ吹き飛べと言わんばかりに、日々サンバを踊るマツケンこと松平健の活躍の一方で、もうひとりの「ケン」がきょうも歌っている。エンケンといってもナレーションでおなじみの渋い俳優、遠藤憲一のことじゃない、天下御免の音楽家・遠藤賢司だ。監督・主演・音楽の三役を務める奇跡のライヴフィルム『不滅の男 エンケン対日本武道館』のエンケンを見よ。マツケンの華麗なステップの代わりに染み入る、シャウトと詩。長嶋茂雄を歌ったという名曲「不滅の男」はそのまま彼のことでもあるのだろう。ワン・アンド・オンリー、不滅の男たちの系譜がある――長嶋茂雄、植木等、遠藤賢司、ブライアン・ウィルソン、そして小林旭。

 小林旭こそは日活アクション映画そのものだった。それは銀幕の向こうで繰り広げられる虚構の楽しさである。そのなかで殴り殴られ、蹴り蹴られ、走る車から飛び降りたりヘリコプターにしがみついたりと、献身的に体を動かす旭は、演技の巧拙を超える肉体の軋みを実感させることで、虚構のなかにも一片の真実があることを教えてくれたのだった。

『黒い賭博師』
 その徹底した「虚構の人」である小林旭のフィルモグラフィーのなかでも、虚構のきわみに達したのが「黒い賭博師」('65〜'66・全3作)だ。もともと、『さすらいの賭博師(ギャンブラー)』('64)に始まる「賭博師」シリーズは、旭の代表作「渡り鳥」や「流れ者」シリーズの延長にある放浪するヒーローの活躍を描いた無国籍アクションだった。ところが第5作『黒い賭博師』('65)から大胆なリニューアルを敢行、主人公の氷室浩次の名前と天才的なギャンブルの腕前の設定だけを引き継ぎ、まったく別のテイストになった。前5作にあったセンチメンタリズムは廃され、ナンセンスとパロディ精神、乾いたギャグが炸裂する陽性のアクション・コメディに生まれ変わったのだ。氷室はジェームズ・ボンドよろしく、国際的な賭博団と戦うというプロットには、'60年代の世界の映画シーンを席捲していた「007」シリーズの色濃い影響がうかがえる。当時、世界各国でさまざまな「007」の亜流スパイ活劇が生まれ、その波はニッポンにも波及し、東宝でも「国際秘密警察」シリーズ('63〜'66・全5作)、「100発100中」シリーズ('65〜'68・全2作)が作られていた。「賭博師」シリーズのリニューアルもこうした動きに沿ったものだった。

 監督にはかつて都筑道夫の変格冒険小説「紙の罠」を映画化した日活アクション・コメディの金字塔『危(やば)いことなら銭になる』('62)を手がけた才人・中平康だけに、映画はただで済むはずもない。旭のヒット曲「自動車ショー歌」を替え歌にした「賭博ショー歌」が流れるタイトル・バックからモダニズム精神が爆発、インチキ賭博のアイディアの数々が楽しい。一方でアクションの本気度はさらに増し、果敢に体当たりアクションに挑んだ旭が撮影中に大ケガをし、35日間も昏睡状態に陥る重傷を負った。
『黒い賭博師 悪魔の左手』
  続く第7作『黒い賭博師 ダイスで殺せ』('65)では、前作で氷室に敗れたマカオ賭博団が新たに送った刺客、ヌイ・サップ(二谷英明)の不敵なライバルぶりがキマっている。ヘリコプターを使ったアクションも迫力。
 中平=旭コンビはややシリアスなスパイ活劇『野郎に国境はない』('66)を経て、シリーズ最終作『黒い賭博師 悪魔の左手』('66)で再び登板。氷室の今度の敵は賭博を国営化し、その収益で水爆を買い世界征服を企む中東のパンドラ王国。スケールがデカイんだかセコイんだかよくわからない荒唐無稽な設定が強烈にオカシイ。賭博大学の教授(二谷)は3人の刺客を放ち、氷室はこれを一人ひとり倒してゆく。刺客2号の少年に扮したジュディ・オングのキュートさはともかく、3号に個性派の老女優・原泉を配し、そしてクライマックスは旭とこの老婆がカードで一騎打ちというのがふざけてる。いわば、「007」シリーズでは前菜のギャンブルシーンだけでクライマックスをつくりあげるような、そんな掟破りの展開。デタラメ外国語の主題歌「ジョルダニア」、パンドラ国王(大泉滉)が豚を抱えて走るくだりのCMネタや時事ネタを交えた収拾のつかないギャグ。思いついてもふつうはやらないだろう、くだらなさにいのちを賭ける作り手たちの戯作者精神には感動すら覚える。そんなことはないか。『オースティン・パワーズ』や『キル・ビル』に笑うのとは似て非なる真剣な遊び。 テーマとか作者の言いたいこととか画面から読み取れるものとか。そんなものとはいっさい無縁に、かつてこんな映画が作られ、観客もバカみたいに大笑いしていた時代があった。それだけでいいじゃないか。


『黒い賭博師』

映像特典:劇場予告編、フォトギャラリー
¥2940
日活
『黒い賭博師 悪魔の左手』

映像特典:劇場予告編、フォトギャラリー
¥2940
日活