


  
『クレージー作戦 くたばれ!無責任』
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たとえば、である。「わかっちゃいるけどやめられない」という文字ヅラを目にして、クレージーキャッツの名曲「スーダラ節」のワンフレーズが浮かんで
こない人は、(余計なお世話だが)可哀想だ。何しろ、そのあとに続くのはこんな歌詞なのだ。
「あ、それェ〜、ス〜イスイスーダララッタ、スラスラスイスイスイ〜」(作曲・萩原哲晶/作詞・青島幸男)。
どんなに気落ちしていても、この歌を口ずさめば(瞬間的に)アッパーになること受けあいである。
1955年、ドラマーの野々山定夫が芸名・ハナ肇を名乗り、「ハナ肇とキューバン・キャッツ」を結成、3ヶ月後に「ハナ肇とクレージーキャッツ」と改称してから半世紀。今年は彼らの結成50周年にあたる。ちなみにメンバーは、リーダーのハナ肇、植木等(ボーカル&ギター)に谷啓(トロンボーン)、安田伸(サックス)、犬塚弘(ウッドベース)、石橋エータロー、桜井センリ(ピアノ)の“黄金の七人”(すでにハナ、安田、石橋は逝去している……)。ジャズバンドからコミックバンドへと変貌していったクレージーキャッツだが、芸能史的には日本に、「ビートルズとモンティ・パイソンを掛け合わせたよう
な価値資産を残した」とも言えるだろう。
そのひとつが初主演に抜擢された植木等が、「ス〜イスイスーダララッタ」とスクリーンに登場した『ニッポン無責任時代』('62)。これは61年8月20日発売の「スーダラ節」大ヒットにあやかり、「クレージーの面々でサラリーマンものを1本!」と発想されたプログラムピクチャーである(『喜劇・駅前温泉』の併映作だった)。主人公の名は“平均”と書いて「たいら・ひとし」と読む。ギャハハハ〜と豪快に笑い、口八丁に手八丁、他人の思惑など何のその、勝手気ままな破天荒な行動の連続と、C調(調子=「ちょーし」の逆さ言葉)なキャラを押し通し、ひょいと潜りこんだ会社をスイスイとノシ上がって
いく。テーマ曲「無責任一代男」の歌詞ではないが、「人生で大事なものは、タイミングにC調に無責任」を実践、「コツコツやる奴ぁ御苦労さん」と吐き捨てるピカレスクな姿は、当時量産されていた全うな「東宝サラリーマン映画」を完全に嘲笑っていた。と同時に、“平均”(たいら・ひとし)というネーミングは、高度経済成長期にあくせくと働き、自己をなくしつつあった平均的日本人への揶揄にもなっていたのだった。
いや、それから30数年経っても“自己責任”問題なんてものが巻き起こり、“無責任解散”が罷り通ってしまう我が国である。個人と組織をめぐる『ニッポン無責任時代』のシニカルな主題は、まだまだ効力を失っていないわけだが、もうひとつ、本作が革新的だったのは音楽シーン。前触れもなくいきなり歌いはじめ、奇妙な動きで場をさらう植木等=平均の体技とミュージカル的な快感は、それまでの音楽映画とは異質のものだった。とりわけ宴会場の舞台がいきなりホリゾントのステージになる「ハイそれまでョ」のシークエンスは圧巻。このあともクレージー映画のメイン監督を務めた古澤憲吾は『若大将』シリーズで
も知られるが、俯瞰撮影にスピーディーなカット割、視覚的なギャグセンスなど、ビートルズ映画の鬼才リチャード・レスターばりの演出を誇った。
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