TEXT BY 轟夕起夫
 ソル・ギョングが出所したての前科モノ、ムン・ソリが脳性麻痺のヒロインを演じ、観る者を圧倒したイ・チャンドン監督の『オアシス』('02)。あの、 社会から疎外された主人公ふたりの“孤立した闘い”を心震わせ見つめながら、ふと思いだしたものがあった。森崎東監督の作品群だ。共通しているのが画面 にフツフツとたぎる「やるせない哀しみと怒り」。きっと『オアシス』に感銘を受けた方なら、森崎映画にも惹きつけられると思う。

 とにかく、パワフルでアナーキー、かつエモーショナルな作風なのだ。初期の映画は便宜上、タイトルに往々にして“喜劇”とつけられていたが、ファンのあいだでは“怒劇”と呼ばれ、“喜劇”なのに涙腺を決壊させることもしばしばだった。そんな森崎節は、監督デビュー作『喜劇・女は度胸』('69)から全開である。これ、一度は脚本部に配転させられた身ゆえ、監督できるのも1本きりだろうと「やりたいようにやりゃあいいんだっていう感じで」撮りあげたそう。結果、予算もオーバーしての、型破りな新人作家の誕生となった。主人公は気の弱そうな青年(河原崎健三)だが、恋人(倍賞美津子)の“コールガール 疑惑”でテンパりはじめ、要するに出てくるヤツラはみ〜んなハチャメチャ。特にダメ父親(花沢徳衛)とバカ兄貴(渥美清)は喧嘩ばかりしていて、家族は 騒動が絶えない。それが頂点に達した瞬間、いままで寡黙に傍観していた母親(清川虹子)が、野郎どもに一喝入れるシーンの迫力といったら!

 監督第2作『喜劇・男は愛嬌』('70)での一見常識的なキャラクターは、ボランティアで保護司をやっている若者(寺尾聡=現・寺尾聰)。倍賞美津子は ここでは鑑別所帰りのヒロインで、渥美清は遠洋マグロ船に乗るヤクザな“ケラ五郎”というキレた役で大いに笑わせる。このケラ五郎と相棒(佐藤蛾次郎。『男はつらいよ』コンビだ!)の運転するダンプカーが家の中へと飛び込んで、半壊させてしまうデタラメさ。しかしそれでも家の者たちが、平然と生活を続 けているオカシサよ。

 ところで、ここで森崎監督は、かような極端な描写を通じて、実は“血の絆”“家族解体”などのテーマ(!)を潜り込ませていたのであった。さらに転じ て、“寄せ集めの疑似家族”の物語に深化させていき、これが「新宿芸能社」というストリッパー斡旋業を営む夫婦を軸にした、いわゆる『女』シリーズや、 堺正章、笠智衆、栗田ひろみ共演の傑作ロードムービー『街の灯』('74)にも繋がっていく。

 さて『喜劇・女は男のふるさとョ』('71)の主演は(むろん)倍賞美津子だが、助演の緑魔子がまた素晴らしい! 扮するストリッパーの星子は素顔が “泣き顔”に見えるため整形手術するのだけれど、お金が足りず、片目だけイジり、余計アンバランスなルックスになる。そんな彼女がある夜、自分のカラダ を捧げて自殺しようとしていた青年を救うエピソードは、いつ観ても胸がしめつけられる。その行為は警察に咎められ、呼び出された女将(中村メイコ)は、 刑事(山本麟一)と対決する。画面に充満するのは「やるせない哀しみと怒り」。そういえば、冒頭に掲げた『オアシス』でも警察を舞台にした忘れ難いシー ンがあった。森崎監督は問うている。「世の中の不条理な力で“行き場/生き場”を奪われていく者たちにとって、心やすまるホーム(家庭・故郷・祖国)は 一体どこにあるのか?」と。

 シリーズ第3弾『喜劇・女売り出します』('71)は、一段と心意気の映画だった。ヒロインの浮子(夏純子)はひょんなことから「新宿芸能社」に身を寄せ、スリの特技をいかし“手品”ストリッパーとして人気を博すようになる。だが、そこにスリ仲間の武(米倉斉加年)が連れ戻しに来る。彼女はつい昔のクセが出て、街で財布をモノにしてしまう。中から一通の手紙が。その文面から、ひとりの少女がヤバい売春組織に売られたことを知り、一面識もないのにふたりは、救出しようと試みる。この森崎版『タクシードライバー』(と言ってしまおう)で、米倉斉加年はロバート・デ・ニーロ並みの名演を披露する。商売道 具の指を2本ツメられ、にもかかわらず、武が「へっ、笑わせるぜィ、まったく……」(なぜ“笑わせるぜ”なのかは本篇でお確かめを!)といつもの口癖を 吐いてみせるシーンは、本当に最高だ。

 俗と聖。渾沌と純真。はたまた、さまざま人間像に注がれる厳しくも優しい目と、傲慢な権力(者)への怒りの心情。「エモーションがモーションを生み出す」という意味ではアクション映画とも呼べるし、バイタリティみなぎる“ごった煮”群像劇でもあって、それらのコアな要素は、昨年公開された(いまのところの)最新作『ニワトリはハダシだ』まで通底しているものだ。そうして森崎東の映画はつねに、この世の不条理に対し、「へっ、笑わせるぜィ、まったく……」と呟きつつ、前を向いて歩きはじめる。待望される次回作でも「やるせない哀しみと怒り」を湛えながらも、彼の“闘う姿勢”は、絶対に変わっていないと思う。