映画づくりの現場には一種独特な空気が流れている。ムービーカメラという重厚な機械が中心に据えられ、誰もが固唾を飲んで最高の瞬間を写し取ろうとする儀式のような空間。そこに創造の神が宿れば、豪雨も止んで、雲間から青空を覗く奇跡が起こらないとも限らない。作品以前に映画づくりそのものがドラマティックなのだ。フェリーニもトリュフォーもバートンも(※)、そんな“映画づくり”や“映画人”へオマージュを捧げたが、この作品は先達の異常なまでの映画への想いを過激にデフォルメして、いまに伝える。ムルナウは、小説「ドラキュラ」の映画化権を断られてもなお吸血鬼映画にこだわり続け、パクリ同然のモチーフで、しかも本物の吸血鬼と契約して出演させる。それは、自分自身のテーマへ執着し、スタッフや俳優の命を引き換えにしてまでもリアリティを追究するムルナウの、映画に同化した狂気を表現するうえで、最大の比喩であり真実だ。
この映画を称えるべき点は、吸血鬼に扮するW・デフォーの存在感や特殊メイク、ムルナウに扮するJ・マルコビッチの迫真の演技ばかりではない。昨今のメジャー監督によるハリウッド的エンターテインメント大作を見よ。かつては強烈な個性を放っていた監督も、世界標準や興行収入を意識しすぎ、マーケティング優先の映画ばかりが乱立しすぎてはいないか。ムルナウの狂気は、あらゆる監督に宿っていなければならないはずのもの。しかし現在のハリウッド・メジャーは、観客への“おもてなし”を重視しすぎ、映画づくりへの狂気を失ってしまった。これはムルナウへの大いなるレクイエムであるとともに、ハリウッド・メジャーへの痛烈なメッセージである。
※フェリーニもトリュフォーもバートンも……フェデリコ・フェリーニの『8
1/2』、フランソワ・トリュフォーの『アメリカの夜』、ティム・バートンの『エド・ウッド』では、映画制作のプロセスをテーマに映画と映画人への愛情が描かれた
 |
 |
 |
 |
SHADOW OF
THE VAMPIRE
監督:E・エリアス・マーハイジ
脚本:スティーブン・カッツ
出演:ジョン・マルコビッチ/ウィレム・デフォー/ウド・キアー/ケアリー・エルウェス/キャサリン・マコーマック/エディ・イザード
2000年アメリカ
1時間33分
配給:ヘラルド
●吸血鬼映画の傑作『吸血鬼ノスフェラトゥ』の主演俳優マックス・シュレックが、実は本物の吸血鬼だった、という設定で描かれる異色ホラー。天才監督ムルナウに扮したジョン・マルコビッチとシュレックに扮したウィレム・デフォーという2大怪優の演技バトルにも注目。

http://www.herald.co.jp/movies/ shadowofvampire/ |
|
|