口で語るのは容易いが、文章にするのは難しい作品だ。イマジネーションの壮大さに圧倒され、宮崎駿にはまだここまで引き出しがあったのかと、正直あきれた。ドラえもんのポケットみたいな人だな。
お風呂屋の内装・外観とも、どこかで見たような懐かしさを感じる(まる3年ほど風呂屋=お湯屋さんに行ってないせいもある)。しかし、自分はこれほど壮大なお風呂に入ったことはない。それゆえに圧倒され、夢見心地にされるのだろう。しかし、それはあくまでも男の心理によるもので、このお風呂屋は男風呂である。ゆえに湯女(ゆな)がいる。千尋のバックにも“回春”という効能書きがしっかり浮かんでいたから、この“油屋”という高級銭湯は、まだ家庭風呂というものがなかった江戸時代初期の、いかがわしさと香しい風情の両面が備わっていた当時の風呂屋の雰囲気を持っていて、それでいて吉原遊郭の享楽ぶりまで備わっている。淫びで猥雑だ。それが楽しくてどうしようもない。
本編中の圧巻は、番台のカエルたちの不手際で、決して通してはならない不潔な神様“オクサレさま”が最高級の薬湯に浸かって“この世のアカ”を全部落とすシーンの気持ちよさだ。神様を使って、これほど生きていることの素晴らしさを表現したアニメーションなんて過去にあったろうか。
結局この作品は、風呂好きが一番楽しめるというのが、僕の結論かもね。 |
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