将来有望な監督の登場だ。柴田剛。映画・テレビの学校やゼミが多数乱立している現在(デジタル・ビデオの進歩も含め)、誰もが監督になれるお手軽な時代になった。有望な新人も飽和状態だが、この柴田にだけは、マジで希望が持てそうだ。
長崎の原爆に遭遇した少年が辿る55年間の軌跡を、流行りのデジタル・カメラ、CG加工も含め、若い監督が出来うる、ありとあらゆるテクニックを駆使した実験映画だ。被爆者の苦悩を描いた、いわゆる反核映画ではないが、現実とも妄想とも判別しかねる映像の振幅が、意外なところで核の恐怖を表現している。しかしこの映画は、確かな場所で上映しないと、作者の真意が伝わらないのではないか。そうでないと、いわゆる“独り善がりで気負っているだけの一発屋”にしか受け止められない危険もある。テクニックで遊んでいるようにもとれるのだ。野心が丸見えだからね。とにかく、上映は慎重に…。
いずれにせよ、柴田はお遊びで作っていない。技術に酔っているわけでもない。長崎の被爆を単に手段として用いているわけでもない。彼は本気で作っている。その気構えと誠実さは見て取れた。本物の子猫が袋につめられ、壁に叩き付けられ絶命するくだりは猫好きの僕にはNGだが、今回は許そう。将来を期待して…。
さて、僕が彼を気に入ったのは斬新なテクニックの方ではない。基礎的な部分だ。役者(舞台俳優だと思うが)に対する演出が確かであることと、キャメラ・アングルもしっかりしている。実験ドームのシーンなど、美術的な効果もよく出てる。見た目よりオーソドックスなのだ。フラッシュバックを多用する編集や、耳障りな“ノイズ”に幻惑されるが、骨格がしっかりしているから、画面はふらついていない。今時こういう若手は滅多にいるものじゃない。
大阪のプラネットを媒介に、今、大阪芸大など関西方面のニューウェーヴが育ちつつある。東京もしっかりしないと負けるぞ。 |
 |
 |
 |
監督・脚本・編集:柴田剛
撮影:石塚洋史
出演:長谷川隆也/西田有祐/角谷悠/森健二/沖充/小川トト/山内圭哉
1999年日本
1時間15分
配給:D.M.T.
● 幼年期に原爆を“音=ノイズ”として体験した主人公の生涯を描く異色作。爆音に魅了された主人公が、その爆音の再生に日常を費やしていく姿を、実験的な手法を用いて現していく。

http://www.dxmxtx.com/nn891102/ |
|
|