70年代ロック・シーンに飛び込んだ15歳の少年ジャーナリスト、ウィリアムが知った甘くて苦い青春の味。この映画のエッセンスがそこにあることは確かなのだが、映画は観る者の立場によって変化する。
心あるライターやエディターと名のつく仕事に携わる者なら、少年が自分の原稿を送り付けた雑誌の編集長に会いに行き、生真面目にメモを取りながらアドバイスを聞くシーンには襟をただすことだろう。フィリップ・シーモア・ホフマン演じる伝説的ロック雑誌の編集長の名セリフ、それは「成功したけりゃ、正直に手厳しく書け」。そうなんだよなぁ。でも、こんな言葉をきっぱりと吐ける編集者に出会える確率は、この国の、とりわけ映画雑誌の世界では稀だろう。ジャーナリズムを目指すなら、制作現場の人間や宣伝マンとの付き合い方も慎重にならなければいけないが、ただでさえ観客が減ってるのに、手厳しく書いちゃあ業界全体が沈下するというような暗黙の了解の下、言論の自由は抑圧されている。そして経済性の名の下に妥協しつつ、自分を押し込めてベクトルをずらす。そう、ジャーナリズムはエンターテインメントへと向かい、ライターはまず映画を見てもらうことに加担する。
ペニー・レインというグルーピーの少女の儚さが、舞台裏事情を知った者の悲哀とダブってしまうといったら、うがちすぎか。ウィリアムは自己表現することと、コミュニケーションをとることの難しさを思い知り、それでもミュージシャンと馴れ合いにはならずに、声を低めてインタビューのマイクを向ける。その姿に、いま一度ぼくは、夜を徹して書き続ける自分の原稿を考え直してしまうのだ…。 |
|
|