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第15回 第1部・最終回「フォッグ・シティへ」

第14回「エルヴィス・コステロの黒い帽子」

第13回「マット・デイモン:雨の日の男 3」

第12回「マット・デイモン:雨の日の男 2」

第11回「M・D:雨の日の男 1」

第10回「ゲイリー・オールドマンを待ちながら」

第9回「ダイアナ・クラールのアルファベット療法”」

第8回「ジョニ・ミッチェルの“悲しき酒場のバラード”」

第7回「ジョニー・リー・ミラーの劇場で」

第6回「ケビン・スペイシーと月明かりのビューティー」

第5回「ニコール・キッドマンのショー・ウィンドウ」

第4回「デイヴィッド・クローネンバーグの処方箋」

第3回「ロバート・カーライルの虹色の瓶」

第2回「エドワード・ノートンとお茶を」

第1回「デイヴィッド・フィンチャーの雨降る家」
 





2000.09.12 UPDATE
 
大森左和子
text by Sawako Omori


 



レイン・シティ。それは世界のどこかにある街。
名前通り、雨や曇の日が多い。
夜になると、ストリート・ライトが道しるべ。
友人ブラッド・メルドーの演奏を聞くため、
街に立ち寄ったのはサックス奏者のジョシア・レッドマン。
ふたりとも『スペースカウボーイ』のサントラに曲を提供した。
日本に行く前に、街のクラブに寄り、
肉感的なダンスを見せているのは
『インビジブル』のブロンド美人エリザベス・シュー。
レイン・シティの夜がふけていく...。


 
 

 街のまん中にはジャズ・クラブ“レイン”がある。
 そこで、今夜、歌を聞かせてくれるのはエルヴィス・コステロだ。
 かつてはパワフルなロックが得意だったが、最近はじっくりとラブ・ソングを歌う。
 特に得意なのは失恋の歌。

 クラブに入ると、リハーサル中だった。
 古ぼけた茶色の木の壁が落ちついた印象を残す建物だ。
 ステージの向こうには青いベルベットの幕がひいてある。
 その前のステージはやや小ぶりで、
 それに合わせて小型のグランド・ピアノがおいてある。

 弾いているのは、コステロのおかかえピアニスト、スティーヴ・ナイーヴだ。
 不精髭をのばし、メガネをかけ、黒いシルクハットをかぶって歌うのはコステロ。
 どこかとぼけた優しさを持った男だが、ナイーヴの方はとても神経質な芸術家タイプだ。
 肩をやや前屈みにして、片時もピアノから離れたくないようだ。
 リハーサルでコステロが、ありったけの思いを込めて歌っているのは、
 『ペインテッド・フロム・メモリー』。
 昔の思い出をやや低いトーンのかすれた声で切々と綴る。

 そして、コステロがグランドピアノに手をかけると、
 ナイーヴはにらむような顔で彼を見る。
 不思議なことにそのピアノのボディには奇妙な色がミックスされている。
 全体の色は人肌を思わせ、ふたの上には髪の毛のように細かい線がいくつも入ってる。

 「スティーヴとは昔から組んでいる。別れた時期もあったが、
 やっぱり、彼とは離れられない」
 歌い終わった後、頭にかぶった黒い帽子をとり、額の汗をタオルでふくコステロ。
 彼は黒いスーツをルーズに着こなしているが、同じ黒のスーツ姿とはいえ、
 ナイーヴはきちんとネクタイをしている。
 とても無口な男で、奥の楽屋へ何も言わずに消えた。

 「悪気はないが、ああいう男なんだ。でも、無理もない。いけないのは僕だ」
 ピアノの前に立ち、そのボディをじっと見直す。
 やっぱり変わった色だ。
 木製のピアノはあるが、肌色のピアノというのは珍しい。

 「変な色だろ? もとは人間だったんだ」
 人間? まさか?

 「若い頃、僕はマジシャンでね。人間をいろいろなものに変える修行を積んだ。
 椅子、テーブル、傘立て。いつも元通りの姿に戻せた。でも、ある女をピアノに変えたら、
 ピアノになって、もとに戻せない。帽子の振り方を間違えたらしい」
 コステロはじっとシルクハットを見つめる。
 「彼女はアリソンという名前で、バンドのコーラスだった。愛していたが、人妻でね。
 でも、僕の部屋にも来てくれた。黒髪が美しく、肌がすけるほど白い。
 服を脱いで眠った女をピアノに変えたら、こんなことに。夫に殴られたよ。ほら?」
 メガネをはずすと、右目の下を縫った古傷がまだ残っている。

 「でも、その夫にできるのは、妻のボディを弾くことだけ。私は歌い続けるだけ」
 楽屋の奥からスティーヴが戻ってきて、再び、ピアノの前に腰を降ろす。
 リハーサルの再開だ。苦い恋の思い出を歌うコステロ。胸の裏側までしみ通る歌声。

 熱唱のあまり肌色のピアノに肘をつけると、鍵盤の前のスティーヴが厳しい視線を彼に
 送りつける。それに気づいて、あわててピアノから手を離すコステロ。
 時おり、女のやけになまめかしい声が聞こえる。
 いや、でも、それは錯覚なのだろう。
 目の前ではスティーヴが高音部のなめらかなキーを、そっと指先ではじいているだけだ。
 
 
MUSIC : ELVIS COSTELLO with BURT BACHARACH“PAINTED FROM MEMORY”(1998 MERCURY)

コステロとナイーヴの99年冬の“ふたりライブ”は素晴らしかった。これまで数回、コステロのステージを見ていたが、これはベスト・コンサートのひとつ。バカラックと共作の失恋ソングが身にしみた。ラストに歌った映画『グレイス・オブ・マイ・ハート』のテーマ曲には、胸が痛くなった。“神さま、どうか強さを私に”。映画では女が歌った曲を、今度は男が歌う。ツー・ウェイの視点が可能な泣き節。これ、英国の演歌かいな?
 
 
 

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