なんだか気になっているのに、結局、距離を縮めることができない。
そんな友人がいるものだが、ゲイリー・オールドマンも、そのひとり。
長い間、音信不通の彼から、突然、一枚のハガキがきた。
「1週間後に会おう。レイン・シティのカフェ・ブリューで」
ゲイリーに初めて会ったのは数年前のこと。
ブルー・シティにいた頃、彼と一緒に仕事をしたことがあった。
ゲイリーの友人がロック・バンドのリーダーで、
そのギグの仕事を手伝ったのだ。
ギグは大成功に終わり、みんなでイングリッシュ・パブに行った。
そして、偶然、ゲイリーと席が隣同士になった。
にっこり微笑んだ彼と目が合い、思わず視線を返す。
彼とゆっくり話すのは、初めてなのに、
アルコールの力もあって、妙になごんだ空気が流れた。
好きなロック・バンド、映画、本の話。
まるで学生時代に戻ったような気分だ。
ケン・ラッセルやジョン・シュレシンジャーの70年代の映画の話も出た。
その夜、ゲイリーは無邪気で、どこか危なっかしく見えた。
テーブルの上にある船のミニチュアをさわって、先端部分を壊したりした。
「目の前に何かあると、つい、イタズラしたくなって」
店の人がいやそうな顔で船を持ち去った。
そんな時、バツの悪そうな顔をするゲイリーが、なんだか妙に憎めなかった。
自然に流れる時間。
ギグのスタッフたちは、いつの間にか姿を消し、気づくとふたりだけ。
店を出ると、夜が白みかけている。
話を続けてもよかったが、ゲイリーは眠そうだし、
こちらは翌日の仕事の準備もある。
「今度、映画でも一緒に行こう」
彼の言葉にうなづきながら、右と左に道が別れた。
それ以来、会っていない。
彼は演劇関係の仕事につき、ある女優と結婚したと聞いた。
次に入ってきたのは、その女優と別れたという話。
女性がらみの噂をいろいろ耳にするが、今はどこにいるのか分からない。
クリスマスカードだけは、毎年、律儀にくれた。
「あの夜は楽しかった。また、会おう」
いつも同じ言葉がある。いつも住所はない。
しかし、ついに「1週間後」という具体的なメッセージが届いたのだ。
今度こそ、左右の道がクロスするかもしれない。
約束のカフェ・ブリューはレイン・シティのややはずれの方にある。
ジョニ・ミッチェルの“悲しき酒場”(注:8話)ほど、遠くはないが、
ホテルからタクシーで20分ほどかかった。
淡いブルーのペンキが塗られた小さな木作りの店で、
表に古いアールヌーボー風のオルゴールが飾ってある。
店内にはスタイル・カウンシルの「エヴァー・チェンジング・ムード」が流れていた。
懐かしいポール・ウェラーの声に、なぜか、なごむ。
店主にコーヒーを注文し、ゲイリーに渡そうと思っていた写真集を取り出す。
『サム・ウィメン』。
それは故人となった写真家ロバート・メープルソープの本だ。
さまざまな女たちが、白と黒のインクの上で、美しい表情を見せる。
中にはゲイリーと浮名を流した女優の写真も含まれていた。
7時が約束の時間だ。
ユマ・サーマン。優雅なロング・ドレス。
シガニー・ウィーヴァー。長くカールしたヘアー。
7時30分。追加のコーヒーをオーダーする。
イザベラ・ロッセリーニ。魅惑的な目。
メラニー・グリフィス。愛らしい瞳。
8時30分。クラブハウス・サンドを注文する。
ローリー・アンダーソン。首にのびる指。
パティ・スミス。重ねた手。
9時20分。今度は2杯目のアールグレイ・ティーを注文する。
キャスリン・ターナー。肩にかかったドレスの黒いライン。
9時25分。ティーを飲む。
スーザン・サランドン。胸をおおう柔らかなベルベット。
9時35分。グラスの水が空っぽだ。
リサ・マリー。彫刻のように完璧な裸体。
9時55分。テーブルの上が片づけられる。
「お客様、閉店です」
マスターにそういわれると、時計は10時をまわっていた。
約束の主は現れない。
3時間も待った愚か者の晩餐は、
結局、サンドウィッチとささやかな飲み物だけだ。
店のシャッターが降りるまで、外で待つこと、さらに15分。
写真集は店のマスターにプレゼントした。
夜空を見上げると、
レイン・シティのビルの向こうに満月が出ていた。
ゲイリーは、誰かと月世界旅行にでも、行ったのだろうか。
「1週間後に会おう」
数年前から沈殿しているシンパシーは、そのメッセージと共に、
結局、小さな星となって、宇宙をさまよい続ける。
カフェ・ブリューの夜は終わる。
ゲイリー・オールドマンを待ちながら。
