レイン・シティの住人たちは、みんな音楽好きだが、
芝居用の劇場、レイン・シアターも静かな人気を集めている。
その若き看板スターのひとりがジョニー・リー・ミラーだ。
すっきりと整ったマスクと優雅な身のこなし。
さらに現代的な芝居から、中世を舞台にした古典まで
どんな役でも演じることができる。
『トレインスポッティング』を舞台化した時、
ジョニー自身が映画でも演じたシックボーイ役に扮し、
ダーティなスラングを使ったセリフを歯切れよくこなしてみせた。
さらに古典劇の時はセリフも、リアルに昔のふしまわしで話す。
今では忘れられてしまった当時の流行語にも詳しく、
演出家にもアドバイスしてみせる。
言語学者でさえ、ここまでの知識はない。
容姿の美しさもさることながら、
言葉に対する勘や知識がジョニーの自慢でもあった。
その夜はリハーサル中。出し物はアーサー王をモチーフにした騎士物だ。
確かに見事なセリフまわしだった。
とても現代の人間が喋っているとは思えない。
他の俳優たちが、無理やり、時代劇調のセリフまわしについて行こうとしている
のに、 彼は楽々と古いセリフをこなす。
途中で演出家がキューを出した。
「よし、ジョニー、その芝居はそこまででいい。
今度は『トレインスポッティング』のリバイバル上演の練習をしよう」
彼の顔が一瞬、青ざめる
「ヤクの売人からクスリをもらうところをやってみよう。
4文字ワードの連続だがね」
騎士は最初のFの文字を発音しようとあがく。
が、どうしても、その単語を言うことができない。
場内がざわめき、青年は舞台をかけ降りた。
不思議な沈黙が劇場に流れる。
やがて、Tシャツとジーンズ姿で青年が戻ってきた。
さきほどまで躊躇していた4文字ワードを連発し
見事に現代のストリート・ボーイを演じてみせる
その変身ぶりに驚かされた。
これが本当に同じ人間だろうか。
俳優はどの時代の人間をも、こんなにも見事に再現することができるのだろうか 。
舞台でリハーサルは続行中だったが、喉がかわいたので飲み物を買いに出る。
自動販売機の前に来ると、ジョニーの控室のドアが少しだけ開いていた。
好奇心にかられながら、中をのぞくと、なんと、先ほどの騎士がいる。
「おや、客人ですかな……」
騎士のかっこうをした厚化粧の役者はタオルで汗を吹きながら、こちらの顔を見 た。
何だか、時代劇口調がぬけていない。
その時、ドアが開き、人の入ってくる気配がした。
「おや、お客がいるの」
今度はTシャツとジーンズ姿のジョニーが入ってきた。
あっけにとられた顔でふたりの役者を見る。
背かっこうも、雰囲気もそっくりだが、どこか少しだけ顔が違う。
「ああ、紹介します。これ、僕のひいのひいおじいちゃん。
うちは、エリザベス朝から役者の家系でね。
それで古典劇の時はその時代の人に演じてもらうことにしている。
舞台は厚化粧だから、今のところ、バレていない。
でも、困るなあ、急に古典劇をやっていて、現代劇っていわれると……。あせっ た。
でも、今日はおしまいだから、おじいちゃん、もう帰っていいよ」
騎士のかっこうをした役者は鏡に手をつけ、その中に消えてしまった。
控え室の中央には大きな鏡があった。
すごい年代物らしく、金縁の飾りが年輪を感じさせる。
複雑な花や鳥のデザインがほどこされていた。
長く、じっと見ていると、吸い込まれてしまいそうだ。
こちらが鏡を見ていると、隣にTシャツ姿のジョニーが写った。
「うちの大事な家宝だよ」
鏡の下には”ミラー家のミラー”と妖しい木彫り文字が彫り込まれていた。
