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第15回 第1部・最終回「フォッグ・シティへ」

第14回「エルヴィス・コステロの黒い帽子」

第13回「マット・デイモン:雨の日の男 3」

第12回「マット・デイモン:雨の日の男 2」

第11回「M・D:雨の日の男 1」

第10回「ゲイリー・オールドマンを待ちながら」

第9回「ダイアナ・クラールのアルファベット療法”」

第8回「ジョニ・ミッチェルの“悲しき酒場のバラード”」

第7回「ジョニー・リー・ミラーの劇場で」

第6回「ケビン・スペイシーと月明かりのビューティー」

第5回「ニコール・キッドマンのショー・ウィンドウ」

第4回「デイヴィッド・クローネンバーグの処方箋」

第3回「ロバート・カーライルの虹色の瓶」

第2回「エドワード・ノートンとお茶を」

第1回「デイヴィッド・フィンチャーの雨降る家」
 





2000.04.15 UPDATE
 
大森左和子
text by Sawako Omori


 



レイン・シティ。それは世界のどこかにある街。
名前通り、雨や曇の日が多い。
そして、夜になると、ストリート・ライトが道しるべ。
20年ぶりのアルバムを出し、コンサートを準備中の
スティーリー・ダンは仕事を終え、
これからバーに向かうところ。
黒いドレス姿で、ペットの蛇を首に巻きつけ、
路上の車から出てきたのがヘレナ・ボナム・カーター。
レイン・シティの夜がふけていく……。


 
 
第4回 デイヴィッド・クローネンバーグの処方箋

 多忙すぎた月が終わり、最近、体から疲れが抜けない。
 知人に相談したら、ある病院を勧められた。
 「ドクター・クローネンバーグの診察室がいいらしいよ」
 以前は映画監督だったが、今は医者となり、クリニックを開いている。
 専門は産婦人科らしいが、最近は内科に切りかえたという。
 怪しげだが、好奇心もあり、行ってみることにした。

 目立たない小さなビルの1階。
 病院の待合室には他の患者の姿はなく、看護婦さえもいない。
 カルテを持ったドクターに名前を呼ばれ、診察室に入った。
 壁はすべてシルバーのステンレス製で、天井を見ると、
 患者と医者の姿が歪んだ形で写っている。
 ドクター・クローネンバーグは知的で物腰のやわらかな紳士風の男だった。
 ソフトでゆったりした声が、とても心地よく響く。
 ドクターは珍しい耳型の聴診器を取り出す。
 「普通は胸部を診察しますが、この聴診器は違います。後を向いて下さい」
 首すじにヒンヤリ、冷たい感触だ。
 聴診器は首の骨のつき出た部分にあてられた。
 ドクターはその骨に手をあて、様子をみる。
 「分かりました。クスリを出します。就寝前に飲んで下さい」

 言われた通り、滞在先のホテルのベッドで薬を飲む準備をする。
 袋の中から出てきたのはイエローのカプセルだ。
 水で一気に喉に流し込む。

 気づいた時には、ホテルの外にいた。
 どこかを飛んでいるらしく、空中をさまよっている。
 アゲハ蝶になっていた。
 黒と黄色の羽を思いきりのばすと、どこまでも高いところに行ける。
 そして、花を見ると、寄り道したくなる。
 今度は大きな桜の木にとまろう。

 と、その時、全身を何かにおさえつけられた。
 大きな網に引っかかり、虫カゴに入れられたようだ。
 よく見たら、そこは昼間、訪ねた場所。ステンレスの壁の診察室だ。
 「うまくいったよ。まあまあの仕上がりだ。
 右の羽は黄色と黒のバランスが特にいい」
 彼はドクター・クローネンバーグだろうか。顔は同じだが、声が少し違う。
 すると、奥の部屋から、そっくりの男がもうひとり出てきた。
 「意外におとなしいな」
 どうやら、こちらが昼間の医者らしい。
 「じゃあ、始めよう」
 ひとりの医者が羽を握り、もうひとりはコットン・ボールに麻酔液を含ませる。
 強烈なにおい。
 意識がもうろうとして、ふたりの男たちの顔が重なったり、離れたりする。
 最初の男が蝶の中心部を見る。細い肉の上部にピンの先端を突き刺す。
 麻酔の効果はおそく、鋭い激痛が走る。
 人間なら、首の後の骨がある位置、そう、あの時、
 ドクターが手をふれたところだ。
 「今度は下に、もう1本」
 医者はピンを取り、刺す位置をそっと指先で確認する。
 もう、抵抗できない。
 けっして。
 今度は下の痛みを覚悟する。

 激しく迫ってくるもの。
 それは痛み……ではなく、電話の音だ。
 ベルで目覚めた。
 もう、人間の体に戻っていた。
 全身に汗をかき、受話器に手をのばす。
 「今日はどうも。そろそろ薬の反応が出た頃かと思いました。何か、夢を?」
 ドクター・クローネンバーグだった。
 蝶になった夢を報告する。首すじの後にピンの痛みが生々しく残っている。
 「気にしないで。東洋医学で使う針に似た効果ですから。
 ぐっすり眠れば、疲れがとれるはずです」
 電話を切ると、体中の汗がひいていく。

 目を閉じると、また体が宙に浮かんでいた。
 でも、それは形としては存在しない。
 まるで空気のように南国のビーチを漂う。
 やしの木が見え、青い空と白い砂浜が広がっている。
 どこまでも、軽くなっていく。
 青空だけで、
 太陽がまったく見えないのが、ちょっと気がかりではあったが……。
 
 
新作『イグジステンズ』では電脳ゲームの世界を描いたクローネンバーグ監督。メカを描いてもドロドロ感覚と歪んだ性は健在。軽いけどね。『エム・バタフライ』の時、カナダにいる彼に電話取材したことがある。英語を話しているという意識が消え、別の回路で通じ合ったような……。そのジェントルな声、今も忘れられない。
  
  
  

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