デイヴィッド・フィンチャーの家はレイン・シティのはずれにある。
それなりに大きい家だが、木材の上にぬられたペンキははがれ落ち、少しとがったふたつの屋根の片方は陥没しかかっている。蔦の枝がからまりながら、2階の窓のまわりを覆っていた。どこか荒廃した屋敷だ。
窓には教会から下取りしたような古いステンド・ガラスがはめ込まれ、かすかに光がもれている。
この古ぼけた屋敷が、本当にマドンナのビデオや『セブン』で成功を収めた映画監督の家なのだろうか?
家の前には小さな階段があり、そこを登ると入口らしきものが見える。
黒いペンキが塗られ、入口といわれなければ、そうと気づかないほど小さかった。
ドア・ベルを鳴らすと、男が出て来た。『ファイト・クラブ』のロゴが入った紺のトレーナーとコットン・パンツという飾らぬ 服装だ。
「ようこそ、デイヴィッドです」
1時間ほど前にダスト・ブラザーズのライブをブラッド・ピットやエドワード・ノートンと見ていたが、ふたりとは別 れたようだ。
家には彼しかいない。
ドアを入り、古い木の階段を登ったが、それは歩くたびにきしる音がする。
2階の小さな居間に案内された。
その部屋の隅には本や映画の脚本が積み上げられていた。ペンキがはがれかけたグリーンの壁には、彼がこれまで手がけた映画のポスターが貼られている。
『ファイト・クラブ』のポスターだけが、妙に真新しく感じられた。
「あの映画を撮ると、贅沢な暮らしがイヤになる。ロケの途中でこの家を見つけて、中心街から引っ越した。映画のセリフにもあったけど、覚えてる? 物を支配しているつもりが、物に支配されている。すべてを失った時、本当に自由になれる」
髭を少しのばし、穏やかな顔でフィンチャーは話す。その知的で、気取りのない声が、古い屋敷に静かに伝わる。
「原作本にもあった。高級なスウェーデン製家具に囲まれた人生から、僕を救い出して欲しい、という一節がね。ほら?」
チャック・パラニュークの本を取り出し、こちらに見せようとした瞬間、ポツリとページに水滴が広がる。雨だ。
「映画のブラッドとエドワードも、雨もりの家で耐えた。雨はいいね。謎めいた雰囲気がある」
その時、雨は激しさを増し、部屋中の明かりが消える。暗がりの中で黒い影がろうそくを運ぶ。
「雨の日はやっかいだ」
それはブラッド・ピットの声だ。しかし、彼はエドワードと一緒のはず。
「僕はここにいたよ、ずうっと」
小さなろうそくが揺らめいているが、顔がよく見えない。
すきま風で、ろうそくも消え、暗い部屋に雨音だけが響く。
電気がついた時、フィンチャーは天井裏を調べていた。
「最近、雨もりがひどくなってきたな」
ストロボのようにゆらめく電気の光。
再び部屋の明かりが消えた。
囁くような声が湿った暗闇に響き渡った。
「僕はここにいたよ、ずうっと」
やはりブラッドの声だった。