|
|
|
加藤久徳
text by Hisanori Kato |
|
第2回
|
『人妻社長秘書 バイブで濡れる』/
『迷走者たちの猥歌』 |
|
 |
僕はAVをバカになどしていない。
“スクリーン至上主義者”なだけだ!
四天王の一人が僕に対して怒っているらしい。「AVをバカにしている!」とのこと。AV関係者が腹を立てたと言うのなら納得もするが、本編で35ミリを駆使して創造作業をしてきた人が言うセリフとは、にわかには信じがたい。しかし、事実らしい。知らない仲ではないのだから、面と向かって文句を言うなりしてくればいいと思うが「ぶっ殺す!!」とまで息巻いているそうだ。そこまで激怒するなら、その怒りのパワーとエネルギーをAVの地位向上に向けて、傑作を放って僕のハナをあかしてほしい。それが本当じゃないのかね?
しかし、問題もある。僕は“スクリーン至上主義者”であり、“銀幕”を見ることを悦びとする。基本的にテレビ放送やビデオで映画を語ることを由としない人間だ。別の場所に出かけて、スクリーンを下から仰ぎ見ることを好む極端な“最前列派”である。家のテレビで映画を見るときは電気を消して見ることもあるが、電話がかかってくることがある恐怖を感じて、まず集中できない。仕事以外にヴィデオで映画を見ることはないのだ。第一、僕は喫煙派だ。上映中は決して口にしないが、家ではプカプカだ。当然、映画放映中も同様ということになる。スクリーンでは真剣な僕もブラウン管の前では“禁煙”は出来ない。さて“AV”だ。AVとは何の略であったか?
もう、お分かりだと思うが、自分の家でAVを見たことがない。僕にとってのAV体験は友人の家でのもてなしや、パーティー?の余興でしかない。真面目に見たことがない。また、それを供した友人たちがAVの持つ素晴らしさをとうとうと説明してくれた人が運悪くいない。ただし、AV製作の舞台裏や現場の雰囲気ぐらいは知っている。と言うより、AV業務の何らかに携わる友人、知人が非常に多く、話を聞く機会も多い。SMの帝王であるダーティ工藤氏も近所に住む友人で、彼からは業界の困難さをつぶさに聞かされた。俳優の山本竜二氏(東京スポーツの東スポ映画大賞最優秀AV男優賞を昨年受賞)からは、AV男優として殺人的とも言える体当たりな役への傾倒を聞かされた。いや、教えられた。この2氏の仕事への情熱は賞賛に値するもので、三文ライターをやっている僕にとっても励みに繋がるものだ。
僕は以前に、敬愛する野獣派映画評論家に誘われて、AVのエキストラを2度ほど務めたことがある。AVも大作になると絡みの女優・男優のほかに人を使うこともあることを知った。これまでも僕は、一般映画に2度、8ミリの自主製作映画に一度、エキストラで出たことがある。僕の感覚でいくと、35ミリ、8ミリ、ビデオの差はあろうとも、現場に立てば同じカメラに変わりはない。貴賎などは存在しない。要は本人の意識の問題だが、一旦、書く立場になれば、先月のようなことになる。繰り返すが、僕は“スクリーン至上主義者”である。この場においては劇場用ピンク映画擁護派だ。ピンク映画の監督さんの多くがAVを撮っていることは感知しているが、ここでは登場させない。あくまでも35ミリだ。
それでも、AVの一般への浸透度が無視できないところまで来ていることは強く認識している。『あんにょんキムチ』で知名度を上げた松江哲明が相当なAVファンだという(ついでに書けば、彼を映画監督の道に引っ張り込んだ映画『スター・ウォーズ』の監督ジョージ・ルーカスは、劇場からフィルムを閉め出してDLP化をめざす張本人だ)。8ミリフィルムでの映画製作がままならぬ今日、デジタル・ビデオなどを使った自主製作が主流になっているのが現実だ。目的はどうあれ、男女のナマの姿を写し取るAVは、確実に若い監督たちに影響を与えている。今の若い監督たちの映画を見れば明白だ。日本映画とは何ぞやと大きな顔して批評するような人種がAVも知らないで若手監督を語るなど出来ない日が来るのは遠いことではない。先月にも書いたように、日本映画史に大きな足跡を築いてきたはずのピンク映画が、映画史から消えてしまうかもしれない。今のままでは起こりえる。僕はそんなことになってほしくない。絶対に!それなのに、「AVをバカにしている!」と本編の監督に怒られた。バカにしているのではない。お相手していないだけだ。僕は旧態依然たる“スクリーン至上主義者”なのだから取りあげるわけがない。第一、嘘つきになるではないか!自分がAVを見るとしたら、大スクリーン専用のAVシアターが出来たときだ。なにしろ、別の場所に出かけて見上げて見るのが好きな人種だから。
さて、やっと本番だな。今月は試写室で見た2本。娯楽一筋の渡邊元嗣監督と、作家性たっぷりな榎本俊郎監督を取りあげてみる。
|
 |
|