第1回「映画作家たちによる芝居は演劇的な試みに満ちていた」

第2回「東京から香港に伝来! まんが喫茶の誕生を目撃したが…」

第3回「わずか4日で打ちきり! イップ・トン主演の実験映画とは?」

第4回「さみしい映画興行の一方で香港から期待の双子監督が誕生!」

第5回“男らしさ”の新たな発見 モンゴル映画『愛のさだめ』


2000.09.02 UPDATE

【第四回】
宇田川幸洋
text by Koyo Udagawa


さみしい映画興行の一方で
香港から期待の双子監督が誕生!


 昨日は『ダイナソー』を皇后戯院で見た。恐竜が広東語をしゃべるのを見たかったのだ。今日は、アーロン・クォック、ケリー・チャン主演の『小親親』とアンディ・ラウ、サミー・チェン主演の『孤男寡女』を見た。両方とも現代のロマンスもの。香港映画のテイストもずいぶん変わった。封切りはこの2本だけだ。いや、アン・リー監督、チョウ・ユンファ、ミシェル・ヨー主演の『臥虎蔵龍』も公開中だが、これはハリウッド資本の映画だ。皮肉なことにこっちは武ものである。

 かつては香港映画の封切番線は四つあったのだが、いまは二つだけ。これは単純に考えると、香港に行って見られる新作が4本から2本に減ったことのようだが、そうではない。4系統あると、そのうち半分の二つくらいはシャシン替わりの時期になるから、6本が2本に減るのが実感である。さらに、モーニング・ショー(10時半ごろから)で封切落ちや古い作品を安い料金で見せるというやりかた(10年ぐらいまえまでは、平日のレイト・ショーでもそれをやっていた)もすたれてしまった。だから、香港に行って浴びるように香港映画を見るというたのしみは、もうできない。

 ジョーダンにあった昔ながらの大きな映画館、新宝戯院も、ここではずいぶんモーニング・ショーを見たものだが、つぶれていてショックだった。4月に来たときには、モーニング・ショーがポルノばかりになっていたが、あれが末期症状だったのだ。次に来るときには、もう建物もないだろう。写真を撮っておこう。ここは、かつては「嘉禾戯院」という名で、嘉禾(ゴールデン・ハーベスト)のメイン・シアターだったこともある。モーニングとレイトの番組1ヶ月分を印刷した、きれいなカードをつくっていたこともあった。'80年代には香港に来れば、東京の映画館のさみしさを忘れて浮かれることができたが、'90年代には同じさみしさを味あわされてきた。しかも、もっとハイ・ピッチで。

 今回、香港に来たのは「フィルムメーカーズ」(キネマ旬報社)というムックのシリーズの、ジョン・ウーの巻の取材のため。どんな取材をしたのかは、8月30日発行のその本を見てください。

 そのついでにしたかったのは、去年のPFFで上映された『ファーザーズ・トイ(的玩具)』という35ミリ中篇で監督デビューしたキャロル・ライ(黎妙雪)の新作の撮影をのぞくこと。こんどのは長篇で、プロのスタッフ、キャストをつかっている。しかし、台風の余波がのこっていて、毎日、雨ばかりだったので、撮影はなかった。それで、ラッシュを少し見せてもらった。ラッシュといっても、フィルムを映すのではなく、編集スタジオのコンピューターのモニターで見るのだ。Avidでの編集の現場というのを初めて見せてもらった。

 ライ監督の演出のタッチは、前作『ファーザーズ・トイ』と同様の、ていねいで、あたたかみのあるリアリズムだ。失踪した孫娘を、小さな島で隠遁生活を送っていた祖父が、香港の街に出てきて捜索するという話。娘の母にキャリー・ン(呉家麗)。祖父を、かつてのクンフー・スター、ロー・リエ(羅烈)が演じている。若いころは腕が立った男という設定でアクション・シーンもある。最近ビデオがリリースされた『人肉饅頭3 エンド・オブ・マーダー』('99)ではサエなかった(映画自体、ひどい出来なのでしょうがないが)ロー・リエだが、ここではキリッとした老雄ぶりを見せているようで、期待できる。

 キャロル・ライの友人のスタンリーという青年の監督デビューとなる編集中の作品の、編集済みの1シーンも見せてもらった。タイ資本でバンコクで撮影し、題名は『BangkokDangerous』だという。最近、タイ映画界で活躍する香港人というのは多いのか、と質問してみた。

「いや、べつに」とスタンリーは答えた。

「でも、ほら、オキサイド・パンという香港人の監督がいたでしょ、『運命からの逃走』('97)というのを撮った」

「オキサイドは、ぼくの兄だよ」

「……!……」

「 双子なんだ。顔が似てるでしょ。あ、オキサイドの顔は知らないのか……」

 なんだか香港映画('80年代の)みたいな妙な出会いだった。『Bangkok Dangerous』はオキサイドとの共同監督だそうで、映画界にまた1組、兄弟のフィルムメーカーが誕生することになる。

 見せてもらったのは、主人公の殺し屋が、高層ビルの屋上から狙撃を試みるシーン。隣のビルのペントハウスから出てきた幼い女の子と目が合う。女の子は、表の通りを見下ろし、横づけしたリムジンから、取り巻きに迎えられて出てきた男に手をふる。父親なのだ。殺し屋の標的もその男だ。殺し屋は瞬間ためらいの色を見せる。だが……。女の子がふざけて、指をピストルのかたちにし、ビルの下にいる父を「バーン」と射つまねをする。すると、本当にその指から弾丸がとび出したかのように、父親はぐらっとくずれ折れる。女の子はキャッキャッとよろこぶ。仕事を終えた殺し屋は、そそくさと現場を去っていく。

 はやいモンタージュと、ジップ・パン等のキャメラワークで焦燥感を盛り上げ、おもしろい。快調なアクション映画になりそうだ。
 








 
キン・フーにオマージュを捧げる
『グリーン・デスティニー』に感激!


『臥虎蔵龍』─邦題が『グリーン・デスティニー』と決まって、渋谷パンテオンで試写があった。英文字幕のプリントで見ていたが、もう1度見る。この映画のアクション・シーンは、何度でも見たいすばらしいものだ。邦題の“グリーン・デスティニー”というのは、チョウ・ユンファが所有していた名剣の名前。字幕では“碧名剣”となっているが、本当は「青冥剣」。

 アクション一辺倒ではなく、武文芸映画とでも呼びたい独特の風格をもった映画で、三つの世代の女たちの恋愛に対する態度が描かれる。そのへんが「文芸」的なのだが、しかし、たとえば金庸の武小説を読んで頭の中で想像する「軽功」やら「暗器」やらのありようが、それらはみなすでにこれまでの映画で描かれているわけだが、小説のイメージそのままに描き出されることに感激させられるので、その意味で「武文芸」映画と呼びたくなってしまうのだ。とくにワイヤーワークをこれまでに見たこともない規模で駆使した「軽功」の描写には、うっとりさせられる。『スーパーマン』('78)以来の感動的な浮遊感覚といえよう。

  武術指導のユン・ウォーピン(袁和平。「ユエン・ウーピン」と書かれることが多いが、広東語だったらユン・ウォーピンかウォーペン、北京語だったらユエン・フーピンが実際の音に近い)としてもベスト・ワークだろう。『マトリックス』なんか目じゃない。アン・リー監督は、キン・フー作品をよく勉強していることがわかる。キン・フー『大酔』('66)のたたかうヒロインだったチェン・ペイペイ(鄭佩佩)をいちばん上の世代の女の役で出演させていることにはオマージュを捧げる気持ちも含まれているだろう。

 いちばん下の世代の女を演じているチャン・ツーイー(章子怡)がまたすばらしいのだが、それについては「花椿」に書いたばかり(9月発行)なので、ここでは割愛。




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