第1回「映画作家たちによる芝居は演劇的な試みに満ちていた」

第2回「東京から香港に伝来! まんが喫茶の誕生を目撃したが…」


第3回「わずか4日で打ちきり! イップ・トン主演の実験映画とは?」

第4回「さみしい映画興行の一方で香港から期待の双子監督が誕生!」

第5回“男らしさ”の新たな発見 モンゴル映画『愛のさだめ』



2000.05.13 UPDATE

【第二回】
宇田川幸洋
text by Koyo Udagawa

 前回、うしおそうじについての項で、「キックボードの原型」が「スーター」となっていたが「スーター」の間違いである。ちなみに英和辞書を見たら scooter を「片足スケート」と説明していた。ヴェスパのようなのは、もともとは motor scooter といったらしい。

 さて、今回は4月12日から27日に開かれた第24回香港国際映画祭に例年のように行ってきたので、そのことを書こうと思うが、関係ないことも書いてしまうかも知れない。


東京から香港に伝来!
まんが喫茶の誕生を目撃したが…


 一昨日、香港に着いた。天気がわるい。今日はどしゃ降りになり、傘を買う。『欲望の街<古惑仔>』シリーズや『風雲 ストームライダーズ』のプロデューサー&脚本家であるマンフレッド・ウォンがまんが本屋をチムサーチュイに開店すると聞いたので、のぞきに行ったら、店の前は若い子でいっぱいで、2階に上がった店内は開店祝いに来たスターたちと取材陣でギュー詰めだった。スー・チー、ダニエル・チャン(陳暁東)、イーキン・チェン、ウォン・チン(王晶)監督、『古惑仔』『風雲』のまんが家マー・ウィンシン(馬栄成)といった人気者が顔をそろえたのだから当然だ。絶大な宣伝効果 である。

「漫画王」という店名のこの店は、しかし、書店ではなく、まんが喫茶だった。東京から台北経由でこの商売が香港にも伝来したのだ。「敵だよ」と、まんが出版に携わるぼくの友人は、いきどおるように言った。もともと発行部数の少ない香港のまんが雑誌にとって、まんが喫茶が流行すると深刻な脅威になるかも知れない。まんが家のマー・ウィンシンはどう考えているのだろう。
 



  アメリカン・ポルノに迫った
2本のドキュメンタリーに驚嘆


『The Girl Next Door』(中国語題=小電影皇后)、17日『SEX:The Anabell Chong Story』(性女伝奇)とアメリカのポルノ界に取材したドキュメンタリーを2本見た。前者は、スター女優、ステイシー・ヴァレンタインをアメリカの女性監督クリスティーン・フゲート(と読むのかな、Fugate というつづりだ)が2年間追いかけた。

 この業界でトップに立とうという競争欲とプロ根性――つまりは男の性的幻想にいかに自分を合わせていくか、そのためには性技を磨き、しょっちゅう整形手術をくり返す。いま胸がFカップだけど、Dにしたいなと思うとすぐに手術台に乗って、乳輪に沿って乳房を切り、オレンジ・シャーベットのプラスチック容器の蓋をあけるようにそれをあけて、すでにはいっていた生理食塩水の袋だか何だかをとり出し、別 のサイズの袋と入れ換える。ヒップや太腿を細くしたいときは、脂肪をチューッと吸引する。尻の脂肪を入れて唇をふっくらさせるという手術もする。

 そんなこんなの努力のかいあって、彼女はカンヌのポルノ映画部門(?)で、前年くやし涙をのんだ主演女優賞の栄冠に輝くのだった。

 もう1本の『SEX:The Anabell Chong Story』の主人公アナベル・チョンは中国系。本名をグレース・クェックというこの女性の経歴は変わっている。シンガポールのカトリック教徒の中流家庭に育ち、19歳で出生の地でもあるロンドンに法律を学びに留学。このとき輪姦の恐怖を経験。その後、南カリフォルニア大でジェンダー論を専攻。インテリなのだ。その一方、アナベル・チョンの名でポルノ女優となり、1995年にある記録をつくる。

 その記録とは、10時間に251人の男とセックスする“史上最大の gang bang(輪姦)”をキャメラのまえで行なったこと。251というのは、のべ人数で、参加した男優は90人だったらしい。1度に5人ずつ交代していたみたいだが、どうやったのか。

 それについては、この映画はポルノ作品自体ではないので、詳らかではない。『The Girl Next Door』にしろ、これにしろ、撮影現場や作品の引用はしても、性的興奮は起こさせないように則(のり)を守るその自然なマナーには感心した。

 これが第1作となったガウ・ルイス監督は、'95年から3年間、アナベル・チョンを撮りつづけた。彼女がキレて、キャメラに悪態をついて逃げ去ってしまう場面もある。

 アナベル・チョンは、ステイシー・ヴァレンタインのような白人の女優とくらべるまでもなく、東アジア人的な、それもけっして平均以上ではない、きゃしゃな体格だ。そんな彼女が、251人と gang bang とは、なんとも痛々しい感じがするし、また、自傷癖があるらしく、キャメラの前でも果 物ナイフで手首のあたりを切りつける(切れはしないが、腕が傷だらけ)など、日常の彼女の、自分に対しても社会に対してもアグレッシヴな、憑かれたように積極的な生き方も、痛々しい気がしてくる。黒木香のような道をたどらねばいいが。でも顔やしゃべりかたは全然似ていなくて、見ていて連想したのは松田聖子だった。

 この映画は、1回だけの上映だったこともあってか、最も大きいメインの会場だったのにソールド・アウトしていた。その上映の前に、なんと本人が登場したのでおどろいた。満員の会場は沸いた。ぼくは本誌のために写 真を撮ろうと、35ミリのレンズしかないカメラなので、舞台に近づこうとしたら、映画祭の人に制止されてしまった。ああ恥ずかし。

 舞台で話す本人は、映画の中の彼女よりもエキセントリックでなく、普通に見えた。何か変化があったのか。胸に豊胸手術をしたらしいのが目についた。(なにしろ前々日に『The Girl Next Door』を見ているから、手術にはうるさい)。

 香港映画界は、さっそくこの話題の人に食指を動かしたようだが、どうなることか。


オタール・イオセリアーニ監督
巨匠の技に誓った“見のがし厳禁”



 去年の東京国際映画祭でおもしろいという評判を聞いたものの見のがした、オタール・イオセリアーニ監督『さらば、わが家』('99)を見て、あんまりおもしろいので呆然とし、うれしくなった。

 せりふで語ることがほとんどなく、極端にいえば、せりふは音響にすぎず、登場人物たちの行動の積み重ねでひとつの世界が、すこぶる愉快な世界が、見る見るうちに形成されていく。サイレント・コメディかジャック・タチのようだ。数多い登場人物の行動は、よどみがなく、実に調子がいい。それぞれの人物にしたいことをさせている、あるいは彼らはしなくちゃならないことをやっているからだ。そしてすべての人物の行動に奇異なタッチがひらめく。奇異さと奇異さの衝突が詩を生み、彼らの住む社会のおかしさをむき出しにしてしまう。まったく感服するしかない巨匠の技である。

 じつは今回の映画祭はイオセリアーニ特集を組んでいて5作品の上映があったのだ。ところが『さらば、わが家』をぼくが見て、すごい監督がいるもんだと思ったときには、もうほかの4本の上映は終わったあと。しまった。しかしビデオで見せてもらうという手がのこされている。

 というわけで『 Et la Lumiere fut(そして光ありき)』('89)を見たら、これがまた傑作。アフリカの村が舞台で、せりふは現地語。ときどきサイレント映画みたいな字幕がフランス語で出る。人を食ったつくり方だが、これで十分で、ぼくはその字幕さえ満足に読めないわけだが、それでもおもしろい。反時代的な方法とは、こういうのをいうのだろう。

 あと2本、もったいないことに途中速まわしをしながら見た。そして、どこかで再びイオセリアーニと出会う機会があったら、けっして見のがさないぞ、と思いをかみしめた。

 そうして日本に帰ってきたら(この映画祭の話は次回にもつづくのだが、ここでは便宜上、帰国させていただく)たくさんの郵便物の中から<オタール・イオセリアーニ監督特集>の案内が出てきた。

 なんと5月24〜30日。もうすぐじゃないか。アテネ・フランセにて9作品一挙上映。で、よくよく見てみたら、これまで未知の監督と思っていた彼の第1作を見ていたことがわかった。グルジア映画『落葉』('66)。'70年代末頃だったか、グルジア映画が何本か輸入されたときがあって、そのときもう1本『田園詩』('76)も公開されたが、こっちは見ていない。

『落葉』はワイン工場に勤める青年の話で、試写のまえにグルジアのワインを飲まされた(べつに、いやなら飲まなくてもいいのだが)のをよくおぼえているが、肝心の映画はあまりおぼえていない。フランスを拠点にしている現在とは全然ちがう作風だったと思う。少なくとも、こんなに笑えなかった。

 ともあれ、処女作から最近作までが見られるこの催しはありがたい。ちょうどこの文の掲載時期に合うので、熱烈におすすめする。
 






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